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展示完了しました!
本日作品を搬入致しました。

途中メジャーを壊すなど

ハプニングもありましたが、

無事に展示完了いたしました!

その展示風景を公開致します。

いよいよ明日から開催です。

私は明日17日、19日、20日と

在廊させていただく予定でございます。

是非ご高覧ください!



























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松本央 solo exhibition 『私淑の憧憬』

2018.05.17 (thu) - 2018.05.25 (fri)

OPEN 12:00~18:00

期間中無休
※最終日午後4時閉廊

COMBINE office /BAMI gallery

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レンブラントの技法とレンブラント派

今回の個展では2点を模写した。
1つはレンブラントの作品、
もう一つはロンドンナショナルギャラリーに所蔵されているレンブラントのフォロワーの作品『A Man Seated Reading at a Table in a Lofty Room』である。
残念ながら調べても作者の名前が分からなかった。
レンブラントの有名な弟子、門下生ならば名前がはっきりしているし、署名でわかることも多いが、英語でフォロワーと記載されていることからレンブラント様式を使って描かれた無名の画家の作品ということなのかもしれない。
いずれにせよ、レンブラントの影響を受けた絵描きということには違いないだろう。




原題『A Man Seated Reading at a Table in a Lofty Room』
  『部屋で佇む男』
  



レンブラントの作品には常に真贋の問題が付きまとっている。ついこの間までレンブラントの作品と思われていたものが覆されることはよくある。私の好きな「黄金の兜の男」もレンブラントの作品ではないらしい。

前回の記事で少し触れたが、17世紀当時の画家というのは、現在の日本の漫画家のようなシステムで工房スタイルをとっていた。フランドルの画家ルーベンスなどは分業制をとり、工房内の職人と作業を分担していたようである。なのでどこをルーベンス本人が担当していたのか分かりやすい。また絵の注文者とのやりとりの文書も残っているようでどの部分をルーベンスが描くか、何日くらいで仕上げたかまでわかっている。作品によっては動物を描くのが得意な画家に動物を描いてもらったりと外注をして仕上げている作品もある。このようなことができた背景として油彩の技法や様式が統一されていたことことがあげられる。描き方が同じなので作者が変わったとしても違和感なく同じ世界観で見ることができたのである。また、弟子にはヴァン・ダイクなど画家として有名になったものもいるし、本人も外交官として活躍しており、かなり仕事のできる男のイメージを受ける。

一方、レンブラントはというと工房の運営にしても割といい加減で、自分で全部描くか弟子や他人に全部描かすかという状態だったようだ。また弟子が描いたすぐれた作品に自分の署名をしたり、自身の自画像すら弟子に描かしていたこともあるらしい。彼の技法自体は難しいものではなく、優秀なものであれば模倣することができた。そこが真贋をややこしくしている原因らしい。少しでもルーベンスの手が入っているのと比べ、一見レンブラント風に見えてもまったく本人が関わっていないのであればコレクターとしてはたまったものではないだろう。のちに破産したり悲惨な目にも合うレンブラントは割といい加減でだらしない人だったのだろう。その辺りのことを学生時代に知り、芸術家に聖人のような潔白さを求めいた私は非常に幻滅したのであった。

 しかし、弟子が模倣しやすい技法や作風を確立させた点については優れていると思う。模倣しやすいということは技法がシンプルで分かりやすいということだ。明暗のコントラストを強めたり明るい部分の絵の具を厚塗りしたりと少し観察するだけでも特徴ははっきりしている。それらを取り入れるだけで手軽にレンブラント風の作品に仕上げられる。シンプルかつ効果は絶大なのだ。そして今なお熱狂的なファンがいることからも明らかである。絵画の世界だけでなく舞台照明やインテリア設置の際にレンブラントライトという名前で、ライティングの演出方法は広く知られている。

 今回、2点模写したが私も特別なことはほとんどしていない、伝統的な油彩の技法を守りレンブラントスタイルを意識して描いただけである。スタイルを模倣した作品の無名の作者も模倣するくらいだから、レンブラントへの尊敬や憧れもすこしはあったに違いない。そう思うと私も時間は隔てているがレンブラントのフォロワーであり、レンブラントの一派であるといえると思う。というか思いたい。

松本央 solo exhibition 『私淑の憧憬』

2018.05.17 (thu) - 2018.05.25 (fri)

OPEN 12:00~18:00

期間中無休
※最終日午後4時閉廊

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私淑の憧憬
個展のご案内です。

5月17日より個展

『私淑の憧憬』を開催いたします。






今回の個展は、私が画家を志すきっかけとなった

画家である、17世紀オランダのレンブラント

に対する私の憧れや尊敬の念を打ち出した

作品を出品致します。

2002年に京都の国立博物館にて開催された

大レンブラント展を見たことが、

私がこの道に進む原因となったと言っても

過言ではありません。

それほどまでに、彼の作品から影響を

受けた部分はおおきいです。

本物の作品を見て作品から発せられる

エネルギーに感動し、

こんな世界があるのかと

絵描きという存在が心底かっこよく思え、

私には眩しく輝いて見えたのでした。

そうして、彼のような絵が描きたい、

そう思ったのが始まりです。






今までに紆余曲折ありましたが、

常に心の片隅にはレンブラントはじめ、

西洋の古典絵画の先達に対する憧れが

あったように思います。

要は私にとっての原点であり、

絵の基準であり、

目指すべき目標なのです。





私が学生時代には、勝手な

芸術家に対する幻想に陥り、

(芸術家至上主義のようなすべて一人の

作家が作品を生みだしているという妄想、)

当時は工房スタイルで作品がつくられており、

弟子が何人もいることや、

本人が描いてない作品もあること、

に対して幻滅したりもしました。


しかし、私も就職しわずかな期間では

ありましたが、京都の某老舗和菓子店にて

和菓子職人として働いていたことがあり、、

職人の世界を体感したこともあって

職人には職人の凄さや素晴らしさがある

ことを身をもって知りました。

職場には高卒の若者から

高齢の職人さんまで幅広い年齢で

色々な方がおられましたが、

仕事に対すること心構えなど

本当に多くを学ばせていただきました。






そのような体験や人生経験を得て、

次第に偏った幻想を抱くことなく

レンブラントや古典作家

と向き合うことができるようになり、

改めてその良さを知ることができていると

今は感じています。

私自身、絵描きとしても一人の人間としても

道半ばではありますが、

レンブラントや先達が残した遺産を

受け継ぎでいきたいと思います。







松本央 solo exhibition 『私淑の憧憬』

2018.05.17 (thu) - 2018.05.25 (fri)

OPEN 12:00~18:00

期間中無休
※最終日午後4時閉廊

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人工UMA「ヤマトグソクナマズ」
5月30日からはじまります、

『人工UMA展』
- Artificial Unidentified Mysterious Animal Exhibition -

にて、私の知り合いの人に見せていただいた

人の手によって作り出された新種の生き物を発表致します。

今回の発表では、

ある生物学者が日本の在来種を守るために生み出した

外来種のみを駆逐するという

新種のナマズを報告させていただきます。

以下、長いですが報告レポートになります。





■外来魚絶滅計画「ヤマトグソクナマズ」



 先日、日本のある高名な生物学者の博士が亡くなった。日本の淡水魚を主に専門としている研究者で、多くの日本の生物の生態を解明し研究論文として発表するなど、数々の功績をあげたその業界での権威である。ここでは本人の名誉のために名前は伏せさせていただく。

 亡くなった後しばらくして本人家族や仲間たちが彼の遺品を整理していると、書斎の鍵のかかった引き出しからある書類と日記が発見された。その書類には「外来魚絶滅計画」と題し、日本の湖や河川に生息する日本の在来種を脅かすブラックバスやブルーギルに代表される外来種を一匹残らず駆除するための具体的な方法と計画が記されていた。
 数百ページはあろうかという書類には数々の方法を試した跡が見られた。河川や湖などの水中に網を仕掛け、在来種と外来種を選別し外来種のみを駆除するもの、近年流行しているスポーツフィッシングの釣り人たちに協力させ外来種のリリースを禁じるという、現在地方自治体が実際に取り組んでいるものから、池の水を全部抜くなどといった子供の考えそうなことまで網羅してあった。ここまでは博士にもこんな一面があったのかと微笑ましく故人を偲ぶことができたのだが、ある一束の書類を見つけて博士の研究仲間の一人が血相を変えた。

 その書類に書かれた計画の概要は、次のとおりである。様々な生物をかけ合わせ外来種を捕食するほどの生物を人工的に作り出し、放流するというものであった。一体そんなことが本当に可能なのかという疑問や、仮にできたとしてもこの生き物が生態系を壊すことになるだろうという思いをよそに、さらに読み進めると、どうやら博士は人知れず研究室を確保し、様々な生物をかけ合わすことに成功、その生物を実際に飼育しているらしいことが判明した。また恐ろしいことにその生物は博士の死後も生き続けるように飼育環境が設定されているらしく、成魚として成長した段階で自動で放流される計画だった。その書類の計画から察するにあと数日で放流される予定だというのだ。
 一度放流されてしまえば回収するのは非常に難しい。その手前で処分すべきだとの結論が出たところで、一行は書類に記されている某巨大湖のほとりにある博士の秘密の研究室へと向かった。


一見廃屋とも思える工場施設跡にはいくつもの水槽がならべてあり、様々な種類の魚が飼育されていた。奥へ進むと問題の生物の入った水槽が目に入った。
そこにいたのは、甲冑を思わせる硬い鱗に身を包まれた一匹のナマズであった。90㎝の水槽に一匹しかいなかったが自動給餌器にて決まった時間に餌を与えられ、全自動にて定期的に換水しているようで電源が切れない限りは生き続けるようなシステムが作り上げられていた。その水槽面に付箋が張られそこには達筆な筆文字で「大和具足鯰」との表記がされていた。どうやら博士の作り上げたこの生き物の名前らしい。博士無き今どのような方法を使ったのか不明だが甲冑魚と呼ばれる古代魚をベースに色々な種類のナマズをかけ合わせ、何物にも捕食されず、生態系の頂点となることを目指して作り上げられたものらしい。今はまだ30cmほどの大きさしかなかったが、最大になると3mほどの大きさにもなると計画書には記されていた。

 何故このような計画を実行したのか、その思いが日記にはつづられていた。開発などで環境が変わり、昔自分が遊んでいたころにいた魚たちが少なく見かけなくなっていること、子供達が遊んでいるのを見ても捕まえているのが外来種ばかりであることを嘆いていた。外来種の多くは、人間の食用として輸入され放流されたものも多いが、その中の計画のひとつに若いころ自分も関わっていて今は後悔していることなどが記されていた。どうやら自分の幼少の頃の自然環境を取り戻したいという強い思いと、自らが行ったことに対する贖罪の思いも含まれているのかもしれない。ただ、日記を読んで感じたことは、博士が誰よりも日本に生きている魚や昆虫などの生き物や自然環境を愛していたということだ。それが故に今回のような凶行に走ったのかもしれない。


このナマズは現在博士の仲間の一人が責任をもって飼育しており、外部へ出ることはないだろう。人懐っこく餌をあげると寄ってくる。茶褐色の体に頭の丹頂を思わせる赤い模様が特徴的だ。仲間の人曰く、博士はこの丹頂模様を出すのに異様なこだわりがあったらしく、この模様を出すのに2年近くかかったらしい。なぜ、そこにこだわったのか今は知る由もないが、博士のこだわりのおかげでこのおそろしい計画は未然に防ぐことができたのである。









■『人工UMA展』
- Artificial Unidentified Mysterious Animal Exhibition -
 2018/05/30-06/10
 OPEN 12:00-18:00
※最終日のみ16:00まで
 期間中無休 http://www.combine-art.com/html/gallery/ga_schedule.php

■会場
 BAMI gallery
 〒600-8824
 京都市下京区二人司町21番地
 TEL 075-754-8154
 office@combine-art.com http://combine-art.com/html/gallery/ga_access.php

■発表者
 釜匠 (かま・たくみ33歳)
佐野曉 (さの・あきら37歳)
宮本大地 (みやもと・だいち27歳)
松本央 (まつもと・ひさし35歳)
遠藤良太郎 (えんどう・りょうたろう31歳)
太田夏紀 (おおた・なつき25歳)
岡部賢亮 (おかべ・けんすけ28歳)

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