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まほろばトマト
先日いつも行く居酒屋で


おすすめと称してトマトを出してくれた。


少し小ぶりではあるが、色艶肉厚ともに


見た目にも美味しそうなトマトであった。









岩塩をつけ
口に入れると・・


!!


なんと“美味しい”。。。


食卓で食すものとは次元が違う、、、し
野菜というよりもフルーツ・くだものであった。。


仲のいいマスターに聞く


「これっ、美味いネェ・・」


「そうでしょ!土佐のまほろばトマトです。」


「へぇ~。。」


マスターから説明を聞いた。



“トマト原産地である南米高原地の気候や土壌に近い環境を作り出し、
極限まで水やりを控え、トマトの木をぎりぎりの状態に追い込み
ストレスを与えると、トマトの持つ本来の旨味が引き出され、
ズシリと重たい凝縮した味が出来る。”



「なるほどぉ」



極限まで水をやらずに待つ。
生死の境に立たされたトマトが死力を振り絞って


生きようとする。。


その際に自ら水分に代わるエネルギーを噴出させる。


それが奇跡的な糖度を生む・・


うーん。。



何というのか“人間”にも通ずる話・・・

そして・・

ぬるーい、、、

私には耳が痛い話でもあった。。。。。。。



・・・・・・・




こういう話を聞くと、つい忘れていたものが蘇る。


“人間は殺戮によってその生をまっとうする。”


人間は“命”を食して生きているのだ・・と



自然界の生命を食べる=殺さなければ、人間は存在できない。



おいしいトマト、、、


これも命の限りを振り絞ったものだった。


日本の先人、祖父母、父母たちから受け継いだ




手を合わし“いただきます”
手を合わし“ごちそうさま”




命に対する感謝。。。。




恥ずかしいことだが、常に頭のなかにない・・



。。。。。。。。。。。。。。。


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A to Z ≒ M→W
A to Z ≒ M→W


ある日、ネットで松岡正剛のコラムを見ていて


ハッ!とさせられる文章に行き当たった。


AtoZではなく、M→Wに転倒させる感覚と発見。


これは非常に大きな感覚だと衝撃を受けた。


それは森村泰昌に芸術に対する考え方を論評
したものであったのだが・・

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従来の価値を転倒したいなどというのではない。そういうのは古すぎる。
そうではなくて、両端に開きすぎる価値をその両端のみの変換をもって
入れ替えるということなのだ。AをZにするのではなく、
MがWになること、WがMになることなのだ。

 こういうことができたのはピカソではなくマグリットであり、岡本一平
ではなく今和次郎であり、柳亭痴楽ではなく柳家金語楼であり、
アンディ・ウォーホルではなくシンディ・シャーマンである。
つまり差異の哲学ではなく近似の芸術が、改革の社会論ではなく変格の
世間体がわかっていないと、できないことなのだ。


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確かに芸術的観念の転倒、この時代の芸術における
衝撃的錯綜感覚からすれば・・・
Aの位置をZに変えても特段驚きもしない。想像の範疇だ
しかし、その中に存在するM→Wに変換するのは、まったく
違った風景が動き出す。


この時代の芸術家にとっては


大事な装置を作り出す、基本図面となる


考え方だと感じた。


そして


私にとっても一つの大きな発見だった。。



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上海のこと
先週末、一年ぶりにある方を


ギャラリーにお招きし打ち合わせを行った。


中国・上海と貿易をしておられるFさんだ。


昨年の6月、私はある構想を持って中国・上海を訪れた。
北京でも台湾でも香港でもシンガポールでも、それぞれに
様々な可能性があった。







しかし、なぜか私は上海という場所に惹かれたのであった。


歴史的にみても国際貿易の拠点であり、なんとなく香港とは
違う東洋と西洋の大きな交差点のような雰囲気、それがなにか直感的
に私を強引に引き寄せた。新たな時代の、世界へむけてのアジアの
カタパルトのような・・なんの根拠もないのであるが・・







昨年、本当にそういった漠然とした考えのみで、とにかく


“行ってみよう!なにか生まれるかも”と行動したのでした。。


その際、上海に精通するFさんに様々な事情を教えてもらい
上海での行動についても、前もってコーディネートをしていただいた。


私が、上海滞在中も日本から携帯で連絡をしてこられ、色々と気
にかけてもらった。


しかし、結果的にはその時の構想は頓挫し、はっきり言うと
ご破算となってしまった。


あれから約一年である。


一年間色々あった。あの時の悔しさも原動力とし昨年末
どうにか“COMBINE”の形をおぼろげながらも作る事ができた。
再度挑戦するスタートラインまで戻ってこられたのである。






Fさんとも一年ぶりの再会,久し振りであった。。、
その節のことを改めてお詫びした。


しかし、Fさんは優しい笑顔で


「上山さんの経験になったんですから・・」


と、それ以上、当時の事情を改めて聞くこともなく、
何事もなかったように仰ってくださった。


今回改めてお起こしいただいたのは、約一年前に構想した計画を
再度形を変え実行に移そうと考え、上海に精通しておられるFさんに
その助力を請うためであった。


一年前とは大きく事情が違う。


私にとっては現在“COMBINE”が存在する。これを今は
一つの具体的商材と考えている。


そして、昨年上海を訪れた時と現在では世界の景況が大きく
違う。そのあたりの事情を踏まえ、まず情報交換と構想について
の意見交換を行った。


特段危惧する要件はなかった。毎月頻繁に上海に行かれる
Fさんから聞く情報も、彼の地は悪くないというものであった。
それよりも、やり方次第でいかようにでもいけるかも?という
心強い感想。


ぐっ!と久しぶりに心が躍った!


先ごろも上海で行われたモーターショウでアメリカのBIG3が
東京モーターショウには出展しないことを決定しているのにも
関わらず、上海には揃って精力的に出展しているという現状、
これから考えても、その状況は推し量れる。


とにかく、来月中に情報を収集し、できれば早い段階で具体化して
行きたいと考えている。






今はなにも具体性がないので、ここで語れるものは何もないが
“COMBINE”を商品としていかに出していくか?これが主眼である。


なんとなく、今の私の中では中国は地続きのように感じている。
それは昨年とはまったく違った風景として。

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ゲルニカ  3D
絵の仕事をしていて、たまにフッと思うことがある。


一枚の絵を見て複数人と喋ったりするが、果たして“同じように見えている”のだろうか?


人間の感覚は良く考えれば、他人と合一している、という感覚を確認しあえない。それは当然数値としても、他の目に見える形による比較も出来ないナァと・・


味、音、痛み、かゆみ、それらを表現するために文字や言葉が仲介として存在するのであるが、しかし絵や音は、それが自分の思惑通りに文字や言葉ほどには伝わらないような気がするのである。


音は良く分からないが音階みたいな制約範囲があり、音符による記号も存在する、しかし、これが絵になると制約がない。いやもっと限定的に考えれば音符のような記号に集中するものがない。。。。。。。


だから本当に同じように見えているのか?と言うこの疑問はそう可笑しなものではないような気がするのである。。。。


絵を見る人間の機能は“目”というものが担うのであるが、これが実は
あいまいなもので、見えているというのは実は“脳”という機能とかなりの
密度をもって連動しているとこをこの間知った。だから“錯視”という現象
があるのだが…・



この話は別の回にまわすとして。。



とにかく眼球という機能が捉えているものとは、眼球の機能が“撮影”して脳に伝えるという順番ではなく、脳がある程度指令をだしたものを眼球が確認するというシステムらしい。


だから人間は実は二次元と三次元が同一画像の中に存在する場合、まず三次元要素からだけ取り出せと指示を送るらしい。遠いものは小さく近いものは大きく。


これは固定観念ではなく脳にインプット(遺伝子伝達)されているデーターからの指示らしいのである。だからこそ、先程述べたような錯視という現象が生まれるらしい。そしてこれには当然に個人差がある。


と、、いうことを考えれば、個々の感覚に差異がある機能を使って、同じものを同じように見ているという前提で何の疑問もなく語り合えるのは、本来滑稽な風景なのかもしれない。本来見えていないのであるが、それでも会話が成立するのは、どこかで共通の感覚を整合させている・・


では、何によってお互い絵を語っているのだろうか?


眼球という機能の精度及び相互確認は取れないということを考えれば、脳+眼球+?が存在し、この?がお互いの交信をコントロールしあっているのだと思う。


一枚の絵を複数で見るときの会話とは、実はこの?を言葉に変換しているのかもしれない。。



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という所で今日紹介するのはとても面白い動画です。



ピカソのゲルニカを3Dで分解し立体的な画像として構成したものです。
我々は、今まで二次元でピカソのゲルニカを見てきたのですが、これを
見ると、、


なんとなぁ!と関心してしまう。


本来の脳の指令から従えば別段不思議な世界でもないはずなのですが、あえて、本来の指示とおり先に3Dから見てしまうと、、、そうかぁ!と答えにならない感覚が出てくる。


これが実に凡夫なのだ・・



そして、ひょっとして“芸術家”って、

いや!

絵描きさんって

眼球の機能を超えたこんな世界を
,,,,,

脳+?で作り出しているのか…・



と改めて尊敬してしまう。。。。。





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泣く女
私が初めてピカソを見たのは友人の家に遊びに行った14歳の時だった。

今から30年近く前だ。。



壁に泣く女が貼られていた。。

その時まで正直ピカソを知らなかった。

知らないことを友人から嘲笑された。

しかし、この時、私の中で何かが弾けた。

それは今でも鮮明な感覚として残っている。




絵の具という物質によって作り出される平面、二次元の産物。



もともと絵の具という物質が有する性格を平面上で融合させて出来た物体こそが絵画である。物質的にはそれ以上の性格はない。しかし、その物体を人が見る場合、向き合った現実的物体と網膜上の記憶との整合をいかに精緻に再現するか、それが人間が眼球で絵画を見るというメカニズムである。



しかし、それは、それらメカニズムが作動する時、絵具を平面上で融合させた物質が芸術と呼ばれる異質な物質的性格を有するものに変化する瞬間でもあった。



それまでの私が絵画を見る上で考えていこととは、見るという作業過程で感覚的に許されるのは、常識的な主観要素、赤は情熱的、青は冷静で静謐な感じという所謂、見て感じるという感情と合致させるための平均的な認識だけをもって完結させるということであった。



人間の経験から観念化された事象が記号化された印象、緑の木々に人は癒されるといような事や、その陰影により現わされる物体の構造やその物体が描かれている時間、また、その光が持つある意味の宗教的な印象との合致などがそれである。



これら単純な要素を絵という物体と向き合う作業過程で、心の僅かな隙間に混入するということこそが絵画の感動部分の肝であると私は束縛されていたのである。そして、そこに絵画鑑賞の大きな価値?絶対的絵画の優劣判断の序列?が存在し、これらの常識的な解読方法が、ある種呪縛に近いものとしてかなりの威力をもって私を縛り付けていた。



しかしピカソの泣く女を見た瞬間、それまでの呪縛が弾け飛んだのである。



それは数学の回答を導きだすための公式、論理的回路を理解することと同じ仕組みのように感じたのであった。


それまでの絵画鑑賞上の至高部分、この時点で表現と呼んでいたものは、実は、数学において考えた場合、あくまで回答を求める設問部分の理解でしかなかったのではないか?と感じたのである。


本質的な問題の解答、解決とは、いかに導くのかという回路を探す、もしくは独創的な論理思考でそのための回路を作る、見つけるということではないか?と考えさせられたのあった。



そう考えると、それまでの、私の絵画鑑賞法とは、問題をただ眺めていたにすぎない。そして本質的解決の導線を理解することなく、すでに誰もが使用可能なマニュアルに基づいたアンサーであって、なにを求めているか?なにが真理かなどという事とは無関係であり、ある意味誰もが平易に理解できる言葉によって出た答えがすべてであり、それ以上のものはなかった。



しかし、本来、前述した通り、目の前にした問題を眺めることで本質的な解決を導きだせはしない。問題の仕組みを考察しそれを読み解く公式を探し出すことこそが、実は答えを導きだすのと同義であるということに大いなる発見を見出したのである。答えがまずありきではなく、回路が問題であり、実はその回路によって答えは千遍万化し、実のところ答えとは相対的な中での
最大公約数に寄り添うことではないのであった。



例えば数学はノートに記載しその回答を求めていく。しかしそのノートに書き遺されたものに価値はない。あくまで発見された公式があり、その公式を駆使し、そこから導き出された回答こそが価値あるものとなる。



だから当然であるが、どのように導き出し方だったかという過程を記録したノートという物質そのものには何も価値はない。価値があるのは回答に導く見えない公式という論理的な回路である。



そこに芸術の大きな価値が存在する。


極論であるが


結局は一枚の絵に価値があるわけでない。


その背景に存在したアーティスト及び


その考え方こそが価値なのである。。



そして絵画を初めとする芸術における、この公式、論理的回路は、実は今例えた数学のような実証法ではなく、実にあいまいであり、対象とした問題すらが、茫漠としている。


答えということを先述したが、それは答えという終着ではなく、そこから連鎖的に次の疑問が発生し新たな公式、論理的回路の発見を余儀なくされるという限りない広大無辺な領域が発生する。



しかし、その無限なる領域に踏み込み、もがく、ことこそが、実は人間の可能性と人間社会・歴史に対する想像の究極を示すものとして感じるのである。


話が少しそれるかもしれなが・・


枕というものが存在する。


枕は物質的形状やその材質が価値の基準ではない。


いかに高質な安眠を与えられるのか・・安らかな睡眠という夢を作ることが価値の源泉である。枕は寝るとき当然何の疑問もなく必要とされるという安直な考えはない。やはり、合わない枕は困るのであり、同じ必要といっても有無の問題ではないのである。いかに安らかに眠れるか?ここに価値が存在する。

人間生活、人間が平等に持たされた生理的循環、疲労した肉体の回復という制約、人間の肉体的時間制約というストレスからの精神的解放にこそ最大の枕の存在意義がある。


決して枕の材質や、デザイン、模様などに価値の最大が存在するわけではない。


話をもどすが・・・



今では、美術専門家やその手の世界に身を置く人からすればピカソはかなりクラシックな表現者であり、今や古典化しつつあるのだが、一般の日本人の絵の感覚、特に難解なものの代名詞は今持って“ピカソみたい”と表現され、ある意味今だに最先端?もしくはそこから止まったままであり、それ以上に普及するほどの革新的芸術の一般的な情報拡大がない。




そういう状況が、ピカソをわけのわからないという言葉の比喩として現代においても定型化させているのだが、私の眼には不思議と今から30年前の少年時代にも先述した通り特別難解なものには映らなかった。偉そうに読み解けた、、という事ではないが、私には普通の風景画、人物画となんら変わらないものとして向き合えたのであった。



見えるものとしてある部分だけでいえば着色した平面でしかない。簡単なイコール作業で私の中では整合した。眼球と記憶というメカニカルな作業としてなんら違和感は生まれない、そういうことである。



カエルや蛇は知識としいうベースがあり、その生体を視覚にとらえればこれら生き物はなにか?という認識はできる。



しかし、そのとき、ピカソを触媒として、なぜこの生き物はこのような模様や柄を皮膚上に有しているのか?またなぜこのような内容を不可避的に背負っているのか?ということに不思議と向き合えたのであった。これがある意味始まりとなった。



だからピカソから始まったのかもしれないし、今もその続きの中にいる。



ピカソの絵画理論は、その後書物から知識を得、理論の構造を知った。しかしに特別衝撃を受けることは無かった。



なるほどぉ・・この程度であった。二次元と三次元、その間の表現技術を行き来していた歴史の中で、三次元、特に視覚認知の中にない構造的内容を、二次元という限界の世界に組み込んだ内容は確かに面白い。



が、それだけでしかない。



それはある種の絵画的な表現の可能性の仕様書ではあるが、所謂芸術という根本的な表現の革新性か?というと私はさほどの事とは思わなかった。



実は劇的な衝撃的装飾性はあったが、本質的な内面性、先述した、なぜこの生き物はこのような模様や柄を皮膚上に有しているのか?またなぜこのような内容を不可避的に背負っているのか?ということの不思議さを、納得させられるものがあったのか?という点である。



それは体の治癒にそれまで処方していた薬に新たな薬が見つかった、しかも研究した分野とは全く違う想像もしていなかった所から偶然発見された、もちん発見者にとっっては確信的に研究発見しての結果ではあるが、全体的な印象としては、申し訳ないが、そういった位置づけのような感覚に近いものであったように思う。薬という対処療法の一端の変革的驚きはあっても、根本的な治癒もしくは根絶に絶大な効果を得たのとは全く相違し、明らかな解決策の提示ではない。




それは、癌を抑え込む特効薬なのか?癌にならない予防薬なのか?




先に述べた無価値なノートという物質に需給の関係がその後の結果として表れ、そのノートが公式、論理的回路を記録する“歴史的産物”としての価値を生み出した。



ピカソの一点の絵画は莫大な金額で取引されている。




しかし確信的な価値とは、残されたノートではなく、発見された公式、論理的回路でしかない。




ピカソの一点などは
ノートに書きとめられた落書きでしかない。
本来の価値の源泉とは、この書きとめられた
落書きに価値を持たすための論理的回路の
発見であり、、、、




延々と続く
無限の領域に対する
論理的回路の模索である。





そこに”現代美術”は



大きな換金性が潜んでいると感じるのであると
同時に今の私の仕事の最大があるように感じる。。

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