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龍谷大学大宮学舎と京都・島原大門
京都・島原に引越し(ギャラリー)してきて
もうすぐ2年が経とうとしている。


越してくるまで、この界隈にはほとんど
来た事がなかったが、住めば都と言うが、、、
ホンとである。


ギャラリーには当然たくさんの人に来てほしい
のだが、それ以外にもこの界隈をぜひ知って
欲しいなと思う。。。。


ギャラリーから東に5分弱歩いたところに、
龍谷大学の大宮学舎がある。



私は龍谷大学を卒業したのだが・・・・実は
、、現役学生時代、、30年前この大宮学舎に
は一度も足を踏み入れた事はない、、、





どころか、、本校舎の深草学舎ですらろくスッポ
行っていなかったから当然なのだが、、



しかし、今、ギャラリーが大宮学舎の傍であり、
よほどの暑い日や雨の日以外はたまに京都駅まで
歩いて帰るのだが、帰り道は大宮学舎の中を横切
って帰っている。。。。



この大宮学舎の建物は妙な雰囲気があり、
夜はライトアップされていて実に他所で見かける
ことのない美観と威厳がある。






この建物、擬洋風建築と呼ばれるらしい。



外観上石の柱が立ち並んでいるが実際は木造建築
で石材は貼り付けられているらしい。1870年代の
建物で国の重要文化財に指定されている。







夜、京都駅までの帰路、この校舎を眺めながら帰ると、
講義が終わった学生達が三々五々と学舎の中央に出て
くる。







皆私の後輩だ・・・・



心の中で、、、「ちゃんと勉強しろよ!」と、、、



後悔と自責を重ね・・・



30年前、、、何を考えて大学に行っていたのか、
もう覚えていないが、、、、



確実に言えるのは、、あの時、30年後に
コンテンポラリーギャラリーを
しているとは、、、、到底想像も及ばなかった・・・
不思議なものだ。。。。







そして、そのコンテンポラリーギャラリー傍の
一番見てほしい所が、、、、



ギャラリーを出て路地を西側に”30秒”、島原大門です。



毎日この門をくぐり出退勤する。



「ギャラリーは何処ですか?」と聞かれ、、、


「京都の島原です!」と応えるのが案外好きです。



島原大門と画像検索すると沢山出てくるが、
夜+雨の画像は殆どない。しかし実は、
夜+雨の大門は綺麗だ。。







ギャラリーに来てくれた人で時間がある人には
この場所を見ていくことを薦めている。



寛永18年(1641年)には存在した京都・島原。







様々な人士が行きかった場所。特に幕末は
日本を動かした人物達が歩いた花街。







正直、神社仏閣、城郭を除き街区にこのような
江戸時代の立派な門が今も存在するのは実に稀だと思う。



幕末の革命志士たちが、この大門をくぐり日本中
を勇躍した往時を想像しながら、毎日ギャラリー
に来ています。




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小橋順明 生きる土 京都新聞・朝日新聞記事
本日の京都新聞・美術欄 朝日新聞(京都)にて


小橋順明 solo exhibition 【生きる土】


取材記事を掲載していただきました。


どちらも、丁寧な取材と、作家の想いを
記事にしていただけています。


特に私は、


京都新聞さんの見出し



【やきものの昆虫に宿る技術と情熱】



情熱!


この言葉を入れていただいているのが



なによりも凄く嬉しいです!



一人コツコツ


何度も何度も焼成を繰り返し


一年がかりで新しいものへ


取り組んだ小橋君の情熱


これを感じとっていただけたのが


実にありがたいです。


京都新聞社様、朝日新聞・京都総局様


誠にありがとうございました!









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小橋順明 【生きる土】 制作ポイント
小橋順明 【生きる土】


スタートいたしましたが





初日より


これが焼き物??


この繊細なのはどのように?





という、作品を観ての驚嘆ぶり




残念ながら


画像ではまったくとは言わないまでも・・・・


実物から受ける印象は画像の10倍いやそれ以上の
ものがあります。






ぜひ、沢山の方に見ていただきたい!!!







今回のブログ



小橋君のこの超微細な作品


これが出来るまでのポイントを
彼が残している制作レポートから
紹介させていただきます。



***********




制作のポイント(小橋順明)




〇取材 昆虫館へ出向いて標本をスケッチ


何度も出入りして一日中スケッチしているといると、
標本箱から一つだけ出して見せてくれるようになった 
形の理解を深めながらスケッチ。できるだけ多くの
写真も撮る(許可を得ている) インターネットでの
情報集め。動きのある画像など実際に手に入れられる
ものは手に入れる







〇原寸大×1.15倍の絵を描く


イメージが固まってきたら画像を手に入れたり絵を
描いたりする。原寸大で それを1.15倍に拡
大する。 跳ねの大きさ、足の比率などに注意しながら
1,15倍にするのは土の収縮率を計算に入れるため 
絵の上に重ねながら部品を制作する.








〇関節ごとに部品として作られる


強度を考慮しながら触覚や足の先端なども別パーツ
















〇部品はバラバラに焼成される。


電気窯の場合一度目は1200℃で何もせずに素焼きする。
(一度目に炭などと一緒に入れると表面が反応し過ぎて
ブクブクになったりする)2度目以降、炭や灰に埋めたり、
藁をのせたりする。


炭の大きさ(粉から2cmのものまで粒度を調整したものを
用意している)や配置によって焼成結果が違うので
ピンセットなどを使って丁寧に窯の中で配置する。













〇焼成は狙ったテクスチャーや色が得られるまで繰り返される


高い温度で焼いたり1220℃ 高い温度で焼いた後でも
低い温度で焼くと違う色が出現する冷却時に温度を長時間
保持したり窯内部の様子を想像しながら一回の焼成の温度
の上げ下げを調整する。 

何度も焼くことでより土の内部まで焼成の化学変化を
起こして、深く厚みのある表面、変化を得られる














〇焼成後に接着剤で接着する


接着剤は弾力性のあるものを使用。 部品の焼き物は
薄い所で0.5㎜以下となるので、硬度の高い接着剤
では 衝撃を受けたときに焼き物の部分が損壊するため 
ゴムのような弾力もつ接着剤を関節部分の接着に使用
することで衝撃に対して自然な動きで柔軟に耐えること
ができる。







〇接着組み立ての時は


クリップや練消しゴムなどを駆使して各部品を支持固定
しながら、カタチを確認しながら本体と接する近い部品
(第一関節とか、後羽根とか)から一つずつ付けては乾燥、
固定を待って次へと組み上げていく完全な固着には
半日から一日かかるので一つの作品をくみ上げるのに3日
ほどはかかる。 

ほぼすべての部品はピンセットでの扱いとなる








〇接着後に接着部分をアクリルカラーで着色


数種類の油性のアクリルカラーを混色、土や石、
炭の粉などと混ぜ、テクスチャーなどを調整しな
がら、焼物部分と違和感がないように接着部分を
着色する








〇支持体の棒と本体はエポキシ系の2色混合接着剤を使用


他素材との接着であることと、本体の重量を支えるために
強力である必要があるため。 


支持体の棒はステンレス。 棒はアクリルミラーの裏側
まで貫通させており裏からも接着している。


展示は360℃可能 移動は天地無用











〇備前焼の技術について


大事なのは土や技術との距離感、素材理解どれだけ土に
触っていたかが大事。関係ないように思えるロクロの
修行や土づくり、窯焚きなど備前焼の職人としての
15年の修行や訓練が全て今の造形技術、表現技術
に生きている。









〇焼き物の焼成による色彩やテクスチャーの複雑さは目
で理解できるレベルではない


手彩色での表現では絶対不可能な素材の複雑さは
私たちの体や自然の生き物の体と同じものまたは
通じるモノです。


私たちは土から生まれたのだし、焼物の色彩は
酸化金属の複雑な化学変化が起源であり、生き物
の体の色彩もまた全く同様なのです目で意識して
理解できないレベルでの変化ですが、目には入って
きていて認識はしているはずであり、この変化が
「素材感」となって焼き物に生命力を与えている
のだと思う。










***********



小橋順明 solo exhibition 【 生きる土 】
2015.12.02 (wed) - 2015.12.14 (mon)
OPEN12:00-18:00
会期中無休
■作家初日(12/2)在廊予定







【 生きる土 】出品作品集


COMBINE 小橋順明 solo exhibition 【生きる土】 作品 by COMBINE





■プレスリリース


COMBINE 小橋順明 solo exhibition 生きる土 プレスリリース by COMBINE





■プロモーションビデオ




▲TOP
小橋と上山
小橋君の備前の昆虫


これを初見したのは



丁度1年前だ。






ギャラリー移転の改装工事をスタートさせたのが
丁度一年前の12月1日その二日後、12月3日に
小橋君は高松の青野女史と“手弁当”で応援に岡山
から駆けつけてくれた。







その時、見て欲しいと携えてきたのが


昆虫の作品だった。



その作品を披露してくれた時、実は私だけではなかった。

ギャラリーの若い作家も数名いる中、改装工事の昼休み?
というのか休憩時間、馬鹿話で盛り上がっていて話が
途切れた瞬間、その作品を皆が目にした。。。。






瞬間、皆の表情が変わったのが如実に解った。



こ、これは・・・・


作品から確かな“アウラ”が出ていた。


これが焼き物??





これが“備前焼?”



確かにまだプロトタイプぽさはあったが、、、しかし
そんな事は問題にならない精度が見て取れた。



この作品だったら私が扱える!と瞬時に確信した。



私が扱える・・・妙な言い回しだが、そこには意味がある。



先のブログでも紹介したが、彼と出逢ったのは5年ほど
前だった。



コンテンポラリーアーティストを目指す備前焼作家
というスタンスはその時、理解できたのだが、しかし、
私は純然たる備前焼を扱う仕事ではない。



コンテンポラリーアートを扱うので、その部分で彼と
融合できるはずなのだが、しかし当時の彼の
コンセプチャルな作品群は到底その当時?今でもだが、
私の手に負えるシロモノではなかった・・・



程度が低いかと言えば逆でレベルが高すぎ難解、
その上、作品から商品に転化する要素が殆どない、
つまり流通させようのない内容・・・これでは、、、、
と足踏みする事となる。



当面、彼が考えている、それを元にする行動に
対してのアドバイスという程度の助力は行おう
とは考えていた。



彼のレベルの高さは、実際、



BEPPU ART AWARD 2011 Prezentation Planという
別府で開催されたコテンポラリーアートのコンペ
にコンセプトを出品しファイナリストに選出されている。





その後、何度も折を見て色んな話を繰り返してきた。
ある時は百貨店の売場、ある時は喫茶店、ある時は酒場・・
・・京都、高松、岡山、、それぞれの拠点で。。。






そんな事が5年ほど続いてきたのである。



正直、当然その間、私以上に彼がこのテーマ性についての
閉塞感を増していったのは見て取れた。







2度ほど、試験的に私がサラリーマン時代、営業企画を
任されていた高松天満屋のアートギャラリーや画廊企画
に彼の作品を実際に投入した事がある。



反応、結果、確かに悪くはない。しかし如何せん、
難しいという部分が綺麗に払拭されるわけではなかった。



ただ、その僅かな機会に私なりの妙な突破口が感じられた
事も確かであった。



コンセプチャルな精度、概念性、は高いが、それ以上に、、、



彼が作る具象的形態には魅力がある。そこには、
既に、彼が何時もコンテンポラリーという刀を
大上段に振りかざし常に対決を挑むエッセンス
が含まれているのじゃないのか?と何となく
私なりに感じた。



つまり、敢えて、大仰に彼がよく使う言葉としての
“焼成とは?”などという観念性が、彼が意識し
なく日常で作る具象物に内在し、それを見た人が
普通に十分感じるんじゃないの?



この方向から攻める事の方が重要じゃないのか?と感じた。



しかし、問題がある。



それは何を作るべきなのか?と言う事である。



すべての作品、作家に共通する事だが、この何を作るのか
という単純な問いは、本来問いであってはならないのである。



つまり、作家として生きている人間の根源になるから
であり、貴方はなぜそのようなモノを作るのか?と
聞かれても言葉として正確に答えられるものではない。



故に創り続けるという逆説的真理があるはずだからである。
もっと平易にくくると“好きだから”という程度しかない
のではないか?と考えられる。



どの人間でもそうだが、なぜ好きか?と聞かれ、
自身が納得する言葉があるだろうか?それは言葉を
遙か越えたエモーショナルな世界でしかないと私は考える。



そのごくごく当たり前の部分をある意味独自のメソッドに
沿ってアウトプット=具現化する、もしくは出来るのが
芸術家だ!



では、、、小橋くんの場合



テンプレート化された備前の伝統はできる。


しかし、基本となる個性的基礎は?何??


私にとっての小橋マターの蓋然性は、、



それがなければ・・・



ある時、酒場で、話の流れから、
感情的になっていたのを覚えている・・・



【結局、お前の好きなものはなんだ?】



上述の内容と真逆の問いではあるが・・・
この言葉を投げるしかない・・・そんな場面だった。



かなり強く、張り倒すような勢いで聞いた事を覚えている・・



その時、彼は黙った。









その後??というかその酒場での会話が何時だったのか?
覚えていないが、



先述の1年前の



備前の昆虫を初見する場面に戻る。



これならば。



妙な縁



丁度その一年後に彼の個展を開催する




小橋順明 solo exhibition 【 生きる土 】は、




そんな時間経過と会話の中で生まれた
展覧会であり、私と彼のこれからである。



***********


小橋順明 solo exhibition 【 生きる土 】
2015.12.02 (wed) - 2015.12.14 (mon)
OPEN12:00-18:00
会期中無休
■作家初日(12/2)在廊予定







【 生きる土 】出品作品集


COMBINE 小橋順明 solo exhibition 【生きる土】 作品 by COMBINE





■プレスリリース


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■プロモーションビデオ




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遠藤良太郎のにおい
遠藤くんの個展を最初に開催したのは今から
約3年前の2012年だった。


その後、今回を入れて4回、私のギャラリーで
個展を開催している。



毎回彼のステートメントには特徴があり、
かなり抽象的だが同じ事を繰り返し探索している
感がある。


そして表現するものの空間性にも毎回強烈な
共通の臭気がある。個展を4回重ねてきたのは、
ある意味、二人でこの臭気を確認しているよ
うな気が私はするのである。



これまでの彼の個展のステートメントを列記する。


その上で面白い実験を行う。


ステートメントからワードクラウドを作ってみた。
画像はその結果だ!画像を見たうえでステートメント
を読んでいただくもよし、ステートメントを読んだ
上で画像を確認していただくもよし。



単純な実験だが、案外面白いものが浮かび上がる。



彼と私の会話ではカタカナの”アート”という
言葉は使わない。私も個人のブログ・SNSでもアート
という言葉は極力使わない。常に”芸術”という言葉
を持って世界観の共有を図るようにしている。










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■遠藤良太郎 Ceramic Works
ゆらゆらと行方知れずの小宇宙
2012.09.07 (fri) - 2012.10.12 (fri)



幼い頃に持っていた自由な遊び心は自身の
小宇宙を形成する。好きなようにルールを
作りそのルールの中で限りなく自由に遊ぶ。

しかしそれは時が経つにつれていつのまに
か行方をくらました。確かにあったはずな
のに圧倒的スピードで押し寄せる膨大な
情報の波にもまれて小宇宙と離れ離れに
なってしまった。

だが決して消えたわけではない。あの頃の
ように五感を研ぎ澄まし変化を望めばきっ
とまた出会えるだろう、あの頃よりも素晴
らしい小宇宙と。



■裏アイデンティティは放たれた
遠藤良太郎 Ceramic Works
2013.03.01 (fri) - 2013.03.25 (mon)
gallery close 3/2.3.9.10.16.17.20.23.24



あらゆるものが自らの意識とは別に猛烈な
勢いで簡略化されていく現代社会において、
自分自信が受ける「生への実感」が薄れて
いっているように私は感じている。 自らの
実感が薄れていくにつれて、自分が自分で
あるという意味のアイデンティティという
言葉の裏に潜む胡散臭さは肥大化していく
ように思う。


自分が自分であるという認識は、表面的な
情報から形成されるものだけではなく、自
らが受けた生々しい実感と合わさることで
はじめて成立し得るのではないか?


そうした考えから、私は人間の本能に響く
感動を大切にしたいと思った。そして芸術
にはその力があると思った。


人の心を動かすような感動が、私が現代
社会に欠けていると思う「生への実感」
につながると信じて、私は私なりの感動
を表現をする。



■私は私をやめることは出来ぬ
遠藤良太郎 Ceramic Works
2013.11.25 (mon) - 2014.01.31 (fri)



強い信仰の対象も、謎の土器も、輝く石も、
神々しく、そして意味があり、貴重なも
のだが、ある側面から見たとき、それらは
ただのオブジェクトになり得る。

まったく同じモノなのに、そこに向かう
人間の想像力は強く、醜く、美しい、まさ
に自由自在だ。

今日も私は実像と虚像の狭間で心地良く
ゆれている。



■卵の惑星
遠藤良太郎 忘れられた宇宙遊泳記
2015.06.16 (tue) - 2015.06.29 (mon)



今回のテーマになっている卵。
人間社会における卵は、生まれるため
に存在しているはずなのに、一方的に
消費されるという矛盾を孕んでいる。


そうした矛盾を作り出している人間もまた、
豊かさを得るための代償の大きさに矛盾を
抱えている。 心霊写真、UMA、未知の大陸
など、想像力を掻き立てる存在が減少し、
合理化されていく社会が人間の本能を蝕む。
私が考える人間の本能、それは「遊ぶ」
ことです。



私は空想の宇宙の中、卵で遊んだ。

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