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阿部 瑞樹くん
さて、、いよいよCOMBINEも


再来月の12月8日をもって一年を迎えます。


早いもので、アッと言う間という言葉すらも
実感できないくらいの猛スピードで過ぎたように
感じています。


上海アートフェアを終えて、様々な反省点を関係者と
語り合ってきたのですが、私なりの客観的視線でCOMBINEを
を見直した時、少し変化?プラスが必要か?という思いが強まり
ました。


これは突然というわけではないのですが、上海という外地から
戻り、元の日常に収束していくなかで率直に感じた印象だった
のです。当然、今までの形で具体的な成果を求めていくこと
も大事なのではありますが、今までの形を含めて具体的成果を
考えた場合、私にはどうしても増強の必要性が感じられました。



これは自己弁護するわけではないのですが、焦りや方向修正では
なく、より強靭な考え方に昇華させる、理念として掲げたCOMBINE
という人と人との結びつきの遠心力を上げていくには、やはり
“人”という“燃料が”もっと必要だと感じた次第なのです。



この先、現在ご覧頂いているホームページは、



デザイナーユニット“mirror”により劇的に変化する予定なのです
が、バーチャルな変化に乖離することなく、具体的現実の内容も、
肉付けをもう少し上げた方が良いのではないか?と思うようになり、
この一ヶ月半程は新しい作家(これは以前より交渉を進めていた・・)
や、ホームページ内に開設しているブログコーナーへの新たなスタッ
フポジションで書き込んでくれる人材等との打合せに邁進してまいり
ました。


そこで今後その新たな部分としてのアーティストや人材を紹介してい
く訳なのですが…



今日はその第一弾!として


新アーティストを紹介させていただきたいと思います!!


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阿部 瑞樹くん(あべ・みずき)

現在 京都造形芸術大学大学院芸術研究科芸術表現専攻
1年生在籍中の新鋭です。

1987 富山県に生まれる
2005 京都造形芸術大学美術工芸学科日本画コース
2007 京都造形芸術大学日本画研究室選抜新人作家展「画心展」
    NICOLE MINI DESIGN CAR ART CONTEST 入賞
2008 第19回臥龍桜日本画大賞展 入選 京都造形芸術大学
   アートオークション「A-CTION」出品
2009 京都造形芸術大学卒業制作展(京都市美術館)
    四人展 ~もう一つの卒展~(Gallery Maronie)
    三菱商事アートゲートプログラム 入選
京都造形芸術大学美術工芸学科日本画コース 卒業
    京都造形芸術大学大学院芸術研究科芸術表現専攻 入学
    京都造形芸術大学大学院日本画~山田クラスゼミ展~
(河原町画廊)
    DO YOU KYOTO?アートオークション 出品(京都高島屋)
    石正美術館天井画制作事業に参加
    京都造形芸術大学大学院芸術表現専攻 日本画作品展
(室町アートコート)



彼の描く作品は…・・と


ここで私の文章としてグタグタ紹介しても面白くないので


彼のCOMBINEサイト内ホームページが近日中に出来上がります
ので、、、


そちらでじっくりご確認ください。。。。。


とにかく!


面白い作品


面白いアーティストです!


私も非常に楽しみにしています!



今日はその彼の


顔だけ紹介させていただきます!!









▲TOP
不撓不屈の若者でいこう!
若者はイライラしている。


なぜかイライラする。




自分も十代の時分、常にイライラしていた。


よく反抗期などという言葉で括られ片付けら
れがちである。


しかし、なんであんなイライラしていたのだろぅ??


理由なんか無かった。


でもなんだか分からないが常に渇望感があった。


上手く行かない事柄は、常に自分が悪いわけで
はなく、他人のせいにも一杯した。



自己反省なんかしたこともなかった。



今我が子、長女がそんな時期だ。自分も通って
きた道なのだが、あんまりよく分からない。



そっとしている以外思いつかない。多分理由な
んかないんだと思う。



自分もそうだった。朝、喋りかけられるのも鬱陶しかった。


みんなそうなんだろうか??


そうなんだろう!


多少の違いはあるが、みな若者はイライラしていて、
胸の中がザワザワしているに違いない。そして時代が
変ろうが、若者の本質は傍若無人であり乱暴的で常に
何ということなく渇望感を抱いているんだと思う。。


だからマグマのような若いパワーが溢れ出すのであろう。


そしてその方向性の制御が出来ないのも若者であるが
所以だろう。。


若気の至りというが、それもないとまた困る!!



元日ハム監督の大沢親分などは、高校時代審判の判定
に腹を立て、試合終了後審判をベンチ裏に呼び出し
“ぶん殴った”らしい!!



今だと大問題になるのだろうが、このときのぶん殴られ
た審判が言った事は「君のようなガッツ溢れ闘志溢れる
若者が我が母校には必要だ!是非とも立教に来なさい!」
だった。。



色々今と比較にならない状況だが、しかし怒りのパワー
が常に若者の胸にはあり、抑えきれず暴力や暴力的な言
動に向かうのは時代とは関係ない。常に大人がターゲッ
トだ。



大人とは基本的に“嘘つき”である。
嘘が無いことが嘘なのである。。
これに我慢できないまま年齢を重ねる事の方が
至難の業なのである。



誠心誠意“嘘”をつき、自ら秘めた理想を形に
出来る大人の皮を被った若者が如何ほどいるか??



大抵の嘘は嘘の嘘でしかない。。
嘘を破壊する攻撃的“嘘”がない。



カウンターカルチャーなどと現在言わないが、
でも若者の本質はズッとそうなんだと信じている。


自ら主張するか、客観的にそうゆう形になってい
ようが破壊こそが若者の特権で、若者しかできな
い事である。


そして最後大人に負けるのも若者であるからでなく、
同志が大人に取り込まれ、大人化していくからである。



総体としての形は負けるが、勝負を挑んだ事柄は残り続け、
また新たな若者が増殖されていく。。もしくは万に一つの
確率でシーラカンスの如き存命の奇跡が起こる!!


なにか分からないイライラを抱き!!


若者がいないと世の中は動かない。ジジイだけでは。。



そして一番大事なのは、年齢だけの問題ではないという
事だ。



何時から若者で無くなるのか?
こんな事の客観的線引きはない。



他人の判断?それも多少あるだろうが、実質は内面
のパワーの問題であり、90歳でも常に怒り
破壊・再構築を目指す“若者”は存在すると思う。



不撓不屈これは若者の言葉だ!!







ある男の話…







その男もイライラしていたのであろう。。


腹が減っていた訳ではないのだろうが、
うどんの食い逃げをやらかした。。



四国高松で。。。




首謀者として学校で罪を負わされ放校!!
京都の名門同志社に転向させられる。。



しかし、そこでもイライラしていたのだろう。。



次には乱闘騒ぎ!!



またまた首謀者として放校!!



逃れるように東京へ、女遊びに没入しつつ勉学
に励む。


紆余曲折の人生!!


やっと勤めた先でもイライラしていたのであろう!



政府弾劾演説会に飛び入り参加し、服務規程違反を
問われ免職。。


その後


役人、でも宮仕えが生に合わず退職。


弁護士、へと



社会にて辛酸を舐め、社会の底辺を知る事で、
人の痛み弱みを熟知していく。市井に渦巻く
欲望に負けることなく泳ぎきり、相手をやり
込める術を蓄積していく。


しかし、イライラは続くのであろう。。



国会議員へ。


しかし落選。。



その後当選。


身についた舌鋒の鋭さで頭角をメキメキ現す!!
何時しか“やじ将軍”の異名を取るまでに出世する。



“だるま”の異名を持つ、高橋是清大蔵大臣が海軍予算
を説明中



「陸海軍共に難きを忍んで長期の計画と致し、
陸軍は十年、海軍は八年の…」



と言いかけたときに、



「ダルマは九年!」



とやらかした!!



政界の中枢へ!!



鳩山君、君は将来、総理となれ。
じゃあ、その時に君は衆議院議長だな。。




盟友“鳩山一郎”の軍師になる。。も




疑獄事件に連座し、有罪判決を受け
一時政界を去ることになる。



その後



「翼賛選挙」に非推薦という逆境で出馬し当選、
政界に復帰する。



終戦。。



敵は吉田茂及び“吉田学校”
打倒吉田茂を旗印に盟友鳩山一郎と戦闘を開始するが



公職追放となる。



5年・・



公職追放令が解除されると、再度、吉田打倒に
動き出す。



が、盟友鳩山一郎が脳溢血で倒れる。。



彼のイライラはまだまだ続く。



病院でベッドに横たわる鳩山を見舞いに、
半身が不随となり、弱々しく寝ている鳩山に


檄を飛ばす。




「いつまで寝ているつもりだ!」



「こうなっては、もう駄目だよ。僕はもう終わりだ
・・・。」




感極まって泪を流す鳩山の姿を見ると、全身の
血が煮えたぎるのを憶え!!




こんなところで終わってたまるか!




「泣くな!泣くな鳩山!わしは必ず君を総理大臣
にする。君の手足が回復できず一生動かなくてもだ!」
鳩山の泪は止まらない。



「わしが死んでもだ。わしの魂だけになっても、
吉田を打倒し、君を総理大臣としなければならんのだ!」




そう叫ぶや否や、泪を流す鳩山を尻目に病室を出た。



乾坤一擲の策、戦闘開始!




「寝業師」としてあらん限りの智謀を傾け反吉田闘争
の先頭に立つ。


吉田体制の攪乱を謀り、池田勇人通商産業大臣の
「中小企業の一つや二つ倒産し、自殺してもやむを得ぬ」
と失言に対し野党から池田通産相不信任案が提出されると、
配下を引き連れ本会議を欠席し、不信任案を通過させ、
池田通産相を辞任に追い込む。



起死回生の好機到来。
捲土重来の策謀!!



バカヤロー解散を仕掛け



吉田内閣打倒!!鳩山内閣が成立。




その後“国士”として策謀を働かす。



日本のグランドデザインを描くために、
保守を大同団結し、日本の政治を担う過半数
を確保した強い政党の必要性を痛感。。




魑魅魍魎の政界中枢に仁王立ちし、誠心誠意の


“嘘”を駆使し!



敵対大物政治家を篭絡!



保守大同団結の55年体制を結実させる。。



自由民主党の誕生!



こんな不撓不屈の若者・?がこの国には存在した。。





彼の残した稚気溢れる言葉がある。。





選挙中の立会演説会において、相手候補から



「さる有力候補は愛人を3人も囲っている」と批判された。




ところが、次に演壇に立った彼は




「さきほどの弱小候補が述べた愛人を囲っておる
候補とは不肖わたくしであります」



と愛人の存在をあっさりと認め、


さらに



「先ほどの候補は3人と申しましたが、正しくは
5人であります。それも今は年を取り役にたちま
せんがこれを捨てるに忍びず、現在も誰一人捨て
た事がありませぬ」と反論した。





その率直さが好感を呼び拍手喝采!!で当選を果たした。




またこんなことも・・



「女3人も喧嘩させずに御させないで一国の総理になれるか!」




ハハハハハ!!



女一人の存在は如何ほど大きいか!




3人寄れば男にとって“国家”ほどの難題である!!




実になんとも言えない“男ぶり”いや“若者ぶり”
ではないか!!




不撓不屈!!の若者・・




今彼は、うどんの食い逃げをやらかした高松の
栗林公園に銅像となって立っている。




今度会いに行こうと思う。。




「よぉ!よく来たなこのガキンチョ!はははは!」




って言われそうだなぁ・・・・





▲TOP
ケッタイなマスター
今週初め高松へ

まずは・・
WILL DALEKSON Solo Exhibition
THE FUTURE ~男なき世界~
2009.10.14 (wed) - 2009.11.03 (tue)
http://combine-art.com/html/artist/ar_schedule.php?id=3









の、、飾りつけ及び以降の打ち合わせ!!
いよいよ、連続企画が始まります!

次回は現在BAMIgalleryで好評に付き延長している企画

早崎雅巳
Experiment exhibition Green Salamander in takamatsu
2009.11.04 (wed) - 2009.11.24 (tue)
http://combine-art.com/html/artist/ar_schedule.php?id=8


その次は現在ブログで制作状況を随時報告してくれているkappaちゃんの

Kappa Chicken
不器用な色たち
2009.11.25 (wed) - 2009.12.15 (tue)
http://combine-art.com/html/artist/ar_schedule.php?id=5


そして年内最後は大画廊を使用しての釜くんのビッグイベント

釜 匠 Solo Exhibition in 高松
2009.12.23 (wed) - 2009.12.30 (wed)
http://combine-art.com/html/artist/ar_schedule.php?id=13


という事で、怒涛の快進撃となるか?
惰性で流れていくか?・・・・・・・

まぁ彼女の強烈な根性、、、
常々豪語する、、、


“私は世界を股に挟む女よ!!”という


豪快なキャッチフレーズが炸裂することを期待している。。。。。


いずれにしても特派員青野女史にとってはイベントロードの開始
である!


という事でその晩、激励会、頑張ろう会をささやかに催した次第
なのであるが,毎度毎度同じ居酒屋では飽きもあり、ここは新規
一転と新たな店を探せ!という“ありがたい指令”を拝命した・・・・


・と、、、あんたの地元なんだから


あんたが探せ!と、、、大体、私は京都から出張に来ているのに、、、
どうもその根本的な部分が、、、


世界を股に挟む女史は・・理解してないというよりも超越してらっ
しゃるようで、、世界を視野に入れている女史からすれば、、京都
は近所らしく、隣から来た程度にしか思ってもらっていないので
あった・・


という愚痴をつぶやきながら残り20分で探せという指令のもと
(これは女史自身の仕事が終わるタイミングという事なの
であるが・・)街を徘徊していたが、そんな都合良く見つかるで
もなく、うろうろしていると遠くに飲み屋らしき明かりが・・・・
確か以前に行ったことがある店だが・・・まぁ久しぶりだから新
規一転になるかと店の前まで行く・・・


店の前に立ち看板を見ると


??以前と名前が違う・・・・


経営者が変わっているではないか、、うん!これは間違いなく新規だ
と、、もう内容も特段見るわけでもなく店の中へ・・・


するとお客は誰もいない、、、いらっしゃいませと出迎えてくれた
マスターは、がっしりとした体格に薄い色の付いたサングラス・・・・


うーーーーん、、、失敗かも、、、、


席に着きメニューを見ると・・・??


いわゆる一般的な居酒屋のメニューがない・・・


食材が数種書かれているのみ、、


「あのぉ?メニュー・・」


「あっ、うち、、?串とおでんだけです!」


そうか、、いよいよ失敗ではないか。。。食べ物には特別うる
さい女史・・


ウーーーん、、、が、、、一旦入って席についてから、、
用事を思い出しましたなどとは・・・・


仕方がないので女史がくるまで“おでん”で一杯やっていた。。。


初めての店だから特別しゃべることもないのでカウンターの隅にお
いてあった小さなテレビを一人眺めていた。特に面白かったワケで
はないが、他に視線を置く場所もないので見ていただけなのだが、
たまたまダイエットの特集をやっている番組で、タレントが実際に
ダイエットしその効果をドキュメントするという昨今流行の番組だ
ったので苦もなく眺め続けていた・・・


するとマスターが同じようにテレビを眺めながら、ちょくちょく話
しかけてくる。


適当に相槌を打っていたのであるが、しばらくしてあることに気付いた・・・


やたらに詳しい・・減量のことが・・


気になったので尋ねた


「マスター?詳しいね、、減量というか、なんというのか体調管理
みたいなこと??」


「えぇ、実は私、、4年前まで現役の競輪選手でして・・競輪は減量
ないですが同じような世界で競艇とか競馬とかそういう世界も多少
知ってますから・・」


「へぇ~、、どうりで、、うん??」


と、このとき不思議に感じた、、どう見ても私よりは10歳弱??
程は年上・・


「えっ?4年前って、、幾つまで現役だったんですか??」


「48歳です!」


驚いた!


私は競輪の世界は良く知らないが、ただ単純なイメージから相当
肉体を酷使し、パワー如何で勝敗が決するような競技という印象
しかなかったが、実際には50歳手前の現役選手がいるのである・・・


「スゴイですね!マスター!じゃ最高齢だったんじゃないんですか?」


「ははははははははははははっ!」


「うん????・・・」


「お客さん、僕なんかまだ若いほうですよ」


「えぇ?じゃ今現在の競輪界の最高齢って??」


「うーん、、確か62歳??」


「えぇぇぇぇぇぇっぇ還暦すぎ・・・」


「えぇ!」


と、この瞬間、私のスイッチが入った!


私はとにかく妙な人が大好きである、、、これは変質者とかそういう
意味ではなく、なにか人と違う人生を力強く歩んでいるような別世界
の人がたまらなく好きであり、なんとなく確かな人としての肌触りと
いうのであろうか、、妙な人間くささを発している人が大好きであり
・・

そう、魅力を感じてやまないのである。


今のこの仕事も、正直、絵や彫刻様々な作品が好きでという部分も
もちろんあるが、実際はなにをおいても人間の魅力に引かれている
のが本質なのである。だから私はCOMBINEに様々なジャンルの人、
作家に限らずを引き込んでいるのであった!


ケッタイな人、大好き!!



さて


マスターが競輪選手とわかってからは、後からやってきた青野女史
と共に約3時間近く“質問攻撃”を繰り返したのであった・・


その交わした話の支柱は


プロとは、勝つとは・・


という事につきたと思う。


これは大変興味深く勉強になった。


先の体重の話でもそうだが


競輪選手に減量は基本的にない。不摂生で太った場合は別だが
基本的にそんな選手はいない。逆に体重が減少することを抑え
如何に筋力を落とさずベストの体重を保つか、これが大変らしい
のである。

トレーニングが過酷であれば当然体重が減少する、しかしそうな
れば確実に踏み込みの“馬力が”弱くなるのである・・


マスターなどは現役を退いた瞬間からあっと言う間に10キロ体重が
減ったらしい。。それよりも、競艇、競馬の世界の減量はボクシング
などと比べ物にならないぐらい過酷らしいのである。誤解があって
はいけないが当然ボクシングも過酷であることは間違いない。しかし
基本は試合前の計量時の体重が問題であり、それを通過すれば即時
体重を上げる措置を講じ、試合には体重を増加させパンチ力を増強
する。


しかし競艇や競馬の選手はある意味現役期間中30年間ずっと
減量なのである。当然体重が軽い方が舟であっても馬であっても有
利であることは間違いない・・・


マスター曰く、減量・ダイエットなんて競艇か競輪選手のメニュー
を聞いた方がこんな番組でやっているより数段、いやそれ以上効果
ある!との弁であった・・



サドル一ミリ、ハンドル一ミリ変わってもすぐ分かる世界らしい・・
これが二ミリも違うと話にならないとの事であった・・それほど
自らの肉体もさることながら、愛用する自転車も肉体と同化して
いるほどストイックな世界らしいのである・・


勝負についてであるが


競輪には先行と後から追い抜く戦術二つ存在するが、その事を尋
ねた。


マスター曰く、、、追い抜けないから先行するだけですよ!若い
時分は皆先行ですよ。先行でしか勝負できないんですよ。スタート
した瞬間からとんでもない駆け引きの応酬で、とても若いやつなん
かがあの集団のなかで勝負なんかできませんよ・・とにかく全く
音が入ってこないんですよ!皆勝負に集中していて・・“ジャン”
の音や“近くの野次”なんかすらも聞こえませんよ、皆そのレース
の独自の勝負勘のみで展開しているんですよ!


傾斜34度のバンク、選手同士の間にできる30センチの隙間に
時速60キロで突っ込むんですよ!


これが勝負なんですよ!


このタイミングを作り出し逃さず突っ込む!そして勝つんですよ!


オリンピック選手?


何度か渡り合いましたけど、勝負の世界は別ですよ!そんな勲章
意味無いですよ。


だから62歳でも20代の若者を“簡単にやっつけちゃ得るんですよ”


私なんかレース前一週間は子供を近づかせませんでしたよ!
なにも聞こえない見えない、、レースのことだけしか頭にありま
せんから、よく子供を“ぐにゃ”って踏んづけていましたよ!!


ははは!


なぜ辞めたのか


年収一千万円を切ったときに決断したらしいが
それは賞金が減ったという事であり、勝てなくなったという事で
もある。その瞬間をどのように結論付けたのか?これに興味が
あった・・・


今だ!と頭で踏み込んだつもりが、体が入っていってない・・
これが現役を辞める原因になりました・・との事であった。。


あまりにも次元が高い話で正直よく分からなかったが、マスターが
ゼスチャーを加えながら説明してくれたのでなんとなく雰囲気で
感じたような気がした・・・


今は柔和な笑顔のマスターだけど

たぶん現役時代は

鬼瓦のような恐ろしい形相だったんだろうなと

愉快に語るマスターの顔を眺めつつ想像していた・・・




この晩聞いた話は


すべて衝撃だった。


プロって・・・・


自分が今している仕事は本当にプロの仕事なのだろうか?


勝つって・・・・


勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし



もっと言えば、、その時々の勝負の積み重ねと、長い時間を
かけて戦い勝利する勝ち負けと・・・

改めて感じる

まだまだ始まったばっかりじゃないか!!・・・と



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。




店を出てしばらく歩き
気になって振り向くと
マスターは小さくお辞儀をして
手を振ってくれていた・・・



マスター!ありがとうございました!



また伺わせていただきます!!






▲TOP
ヨウジヤマモト民事再生法適用の状況私見
先週、衝撃的?というか目を引くニュースにぶち当たった・・・


<ヨウジヤマモト>民事再生法の適用を申請 負債約60億円


今の若い人は彼をどのように見ているのか分からないが、
少なくとも1966年生まれの私にとって彼は間違い無く
カリスマである。


1981年の川久保玲との衝撃的パリコレデビュー・・・
ヨーロッパを中心としたモードの概念を破壊し尽くした
その衝撃的な登場は、当時15歳高校一年生の私も僅かな
ニュースから知りえた情報で心躍ったのを昨日のこと
のように覚えている・・


それから30年・・一気にスターダムにのし上がり、その地位
が30年間揺るぐ事がなかったブランドが・・・昨今の世情を
直撃した波に浚われた・・・・


と、、このように書いたが、センチメンタルに一抹の寂しさ
などという事ではない。。


この記事、状況がある種の関係性を妙に象徴しているなぁ~
と感心したのが一番であった・・・


さてヨウジヤマモトの状況を改めて以下に記載すると


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非上場企業だけにヨウジヤマモトの業績面での正確な数字は不明だが、
2005年8月期の官報公告によると、3600万円の最終赤字ながら利益剰
余金は44億円にも上り、当時はまだ内部留保が潤沢だったようだ。
自己資本比率も5割近くあった。


 経営不振に拍車がかかったのは、最近のこととみられる。業績面と
の関連は不明だが、山本耀司氏は4月30日付で代表取締役を辞任、経
営の一線からは退いている。


 昨年来の景気悪化で、高級ブランドの苦戦ぶりは鮮明だ。ひと頃は
海外高級ブランドが銀座や表参道に大規模な旗艦店を次々に出店して、
不動産ミニバブルの発火点ともなったが、様相は一変した。


 円高ユーロ安も1つの要因ではあるが、フェラガモ、カルティエ、
ルイ・ヴィトン、クリスチャン・ディオールなど、代表的なブランド
は昨年来、相次いで値下げを実施している。


 高級ブランドの支えをなくした百貨店の業績も悲惨だ。日本百貨店
協会のまとめによると、全国の百貨店売上高は2月から5月まで連続し
て前年同期比で2ケタのマイナス。3月には13.1%もの売り上げ減少を
記録した。6月は多少持ち直したものの、それでも8.8%のマイナスだ
(以上、店舗数調整後の数字)。



高級ブランドは中古でも振るわず


 高級ブランド不振の影響は、意外なところにまで波及している。
名古屋を地盤に大都市圏で中古宝飾・時計・バッグなどの買い取り
販売を展開するコメ兵は、2010年3月期第1四半期の売上高が31.3%
もの減少。利益もほとんど半減した。高額な海外ブランドは中古品
でも振るわない。


 一方で、絶好調なのは低価格ブランドだ。カジュアル衣料専門店
「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングの2009年8月期第3
四半期(2008年9月~2009年5月の累計)は、売上高5370億円で前年
同期比17.2%増。利益は2割超の増加だ。既存のユニクロブランドに
加え、より低価格なブランド「ジーユー」で展開する「990円ジーン
ズ」などが売れている。


 昨年は業績が低迷したしまむらも、今年に入って息を吹き返してい
る。今までの中高年女性中心から、若い女性にも受け入れられるよう
になり、主力である「ファッションセンターしまむら」の既存店売上
高は4月以降、前年同期を上回るようになった。


 こうした勢力変化の中での有名デザイナーブランドの身売り話は象
徴的だ。日本人デザイナーの有名ブランドでは、森英恵氏の「ハナエ
モリ」が2002年にブランド全体を三井物産に対して売却する方向で交
渉を行ったが、その時は頓挫して民事再生法の申請という結果となっ
た。


 かつてに比べて賢くなった消費者がいまや求めているのは、「価格」
と「価値」とのほどよいバランス、つまりは「値頃感」だ。しかも時
や場所に応じたメリハリの利いたお金のかけ方にも長けている。それ
らのどこにセグメントするかでブランドの盛衰が決まるのが今日とい
えるだろう。単に不況の影響というだけではなく、1人のデザイナーの
個性や感性に大きく依存した高級ブランドは、今後ますます生き残りが
難しくなるのかもしれない。


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という事で、この記事の文面からだと所謂マーケッティング、現市況
に関する部分に感心したかのようにとらわれてしまうが、決してそう
ではない。


私が感心を寄せたのは



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単に不況の影響というだけではなく、1人のデザイナーの
個性や感性に大きく依存した高級ブランドは、今後ますます生き残りが
難しくなるのかもしれない。

--------------------------------------------------------

という部分である・・


冷静に考えればヨウジヤマモトがここまでこれたのは上記理由が最大
であった筈だ。しかしそれが今や最大の足かせ手かせと理由づけている。


今までもスーパーブランドが復活した例は沢山あった。ダメになった
理由も様々であったが、そのほとんどが拡大戦略の問題、ライセンス
生産などに手を染めてブランド付加価値を低落させたというのであった。
これらの場合、大半デザイナーのチェンジや経営母体の強化などで難局
を乗り越え現在に至っているが、基本的にその構造は、新進のデザイナー
を抜擢し創業時の颯爽とした雰囲気を現代風にトランスレートし、以前の
失敗の要因であったイメージの肥大化を押えた手法が一般的だった。

このことから考えた場合、ヨウジ・ヤマモトブランドにも同様の落ち度
があったのであろうか?

特段類似するような要因は見当たらない。それどころか他のブランドが
軌道修正し再生してきた手法の道筋にずっといたような気がするのである。

では何が?

ここで再度私が抜き出した上記特筆部分を考えていただきたい。
この文章の最大論旨は一人のカリスマアーティストだけでは
乗り切れないという事ではなく、カリスマアーティストをビジネス
的に上手くドライビングできなければ破綻するというように
解釈したほうが現状には合致するように思うのである。


では、ドライビングとは何か?これはアーティストの創作を如何に
次元高く普及させ採算を整合させるか?そのためのアーティストに対
する成長戦略+客観的消費動向の冷徹な考察+ここが大事なのであるが
”相対的芸術的強度と鮮度”及びイメージ・価格の伸縮と弾力が必要
不可欠なのではないかと判断する。


戦いは兵站と負け戦の引き際戦が一番難く、しんがりが強靱でないと
無傷の戦線離脱は容易ではない。また勝ち続けていると思っても
それは勘違いであり、深みに引き寄せられて嵌る罠も多い。。。。。


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ここで彼のコメント

パリコレで新作発表を終えたばかりの山本氏は、東京都内で行った記者会見
で「経営を歴代の社長に任せすぎたことが私の責任。裸の王様だった」と説明。
その上で「日本のファッション文化は世界で一歩も負けていない。ぶっ倒れる
まで服を作り続けていきたい」と話した。

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ここにはセパレートに過去の遺産としての名声とビジネス的な発展
戦略が乖離してはいけないという重要な要素が含まれていて、あく
まで成長しつづけ拡大?ではなく堅牢かつ強固にしなければならな
いという事だと思うのである。


直接的破綻の原因は、結果論的状況ではあるがリーマンショックが
引き起こした消費不況が過剰投資化してしまったということなのだが、


私はこの事態の本質は、アーティストのアーティスティックな部分を
無視したビジネスマインドのみの先行と専横が破綻への道筋を加速さ
せたと感じるのであった。


なぜ、ヨウジ・ヤマモトは拡大しなければならなかったのか?
一人の服飾芸術だけでどこまで拡大でき、どこまでが整合のセイフ
ティーゾーンだったのか?もっと新たな要素を加味できなかったのか?


なんのためにルイヴィトンが村上に接近したのか?
カルティエが財団として現代美術を後援するのか?
エルメスがビル内にアートスペースを用意するのか?


私はある種の芸術的な強度の補完及び循環がマーケット以外に現代は
必要なのではないか?と想像するのである。


コマーシャリズムの消費だけではブランドの付加価値は留保できない
状況なのではないかと考える。



その辺りの戦略構築をブランド内で分掌化出来るか否かが、所謂、
一人のアーティストに頼らないという事の本質に思えてならない
のである。


もっと平たく言えば


ものを作り出すクリエーターと
ものを売るクリエーターの如何なる融合がベストなのか?



これが大きな問題だと思う。



この融合を自己完結してしまう人間が過去?現在においても
いるようだが・・長期的視野にたって考察した場合、本当に
これからそれらは通用し続けるのか?一時代の”あだ花”と
なるのか?


大いなる興味と感心がある。





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秋の京都とBAMIgallery



私は毎朝京阪電車の祇園四条という駅で下車
し通勤する。



ギャラリーまでの道のりは川端通りという鴨川の東側に
沿って走る道を五条に向かい、途中”団栗橋”(どんぐりばし)
という小さな橋で鴨川を渡り、そして高瀬川沿いを高辻通りまで
いく・・・・



毎日この団栗橋を渡るとき、しばし一服しながら
橋の下の釣り人や気持ちよさそうに泳ぐ鯉を眺めるのが
日課になっている。



その団栗橋にて先日まであった光景とは”床”という
夏の京都を代表する風物詩なのであるが、今週あたりから
すべて撤収している・・・



いろいろ季節の変わり目というのは感じるものだが
昨日、一昨日の台風一過とこの撤去作業を重ねあわせると



夏が終わった・・というよりも



いよいよ”秋”かぁ!という心境になる。。



そう言えばここ数日”外人観光客”が心なしか
増えてきているようにも感じる。



京都の観光は春も多いが、秋のほうが確実に
取り込む客は多いと聞く。



春の桜を中心とした観光資源は期間が短く
それから比べると秋の紅葉は時間的にも
長い。そして、何よりもこの時期は気候的にも
過ごしやすいという季節感、、それとなんとなく
ではあるが、一年が終わる前の寂寥感が古都と
マッチするのか、京都にとっての秋は大きな
”書き入れ時”である。。







紅葉も確かに美しく是非皆さんにお越し頂き
たいのであるが、私のお勧めは!



京都御所の一般公開だ!



春と秋のわずかな日数を一般に公開するのであるが
これは是非とも拝観していただきたい。



本年の予定は11月1日~10日らしい。。




ここには絶対無比なる日本の原点があり、
その荘厳さをぜひとも感じていただきたいと
思うしだいであります。



常々御所を見るにつけ感じるのであるが
御所には”大きなお堀”は存在しない。



塀があるのみである。。。




例えば怪しからん輩が侵入しようと思えば
実に容易い造りなのである・・・・



しかし、そういった事から防御するような
城壁のごときものは千有余年建造されたことは
ない。



これはなにか?



神聖にして犯すべからざる・・・というと
右翼的に誤解されてしまうかもしれないが



そうではなく、日本人の歴史の中にある精神性が
物理的な城壁よりも堅固でありかつ高く聳える
象徴のように私は感じるのです。。



というような事を感じるのは人それぞれなので
すが、厳然と残った日本の遺産を是非堪能して
いただければと思うしだいであります。。。



そして、わずかな時間ができれば


いや、是非ともわずかな時間を作っていただき



私どもの、BAMIgalleryにお立ち寄りくださいませ!



心よりお待ち申しあげております。





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