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新作できました。


"飛翔するヤマトカブトムシ 2017"
小橋順明
2017
陶・ミクストメディア
幅 151mm 奥行 151mm 高さ 306 mm(ケースのサイズ)

5月ごろからコツコツと断続的にではありますが制作と進めてきた新作がやっと完成しました。
こんなに時間をかけたのは初めてで、苦しい作り方でしたが、断続的に作業を進めて行くことで、心は熱く、頭は冷たく、意義ある作品になったと思っています。



特に観察に力を入れました。礒江毅が(カタチを簡単に決めつけるな)というようなことを言っていたそうだというのをテレビで見て、まさにその通りだと思いました。私たちは相当に現実を雑に見ている。脳は実際にはその何倍もの情報を受け取っているのに。



制作に取り掛かったころのフェイスブックにこんなことを書いてあるのを見つけました。
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2017.6.9

一昨年もらったカブトムシの死んだの。
これを参考にカブトムシ制作中です。
昆虫の造形はあまりに複雑でとても理解できそうにない。

触っているうちにバラバラになってしまった。
バラバラになっているのを見ていると
外骨格というだけあってこれはやっぱり骨でもあり、皮膚でもあるのか。と当たり前のことにじわじわ来ています。

舐めるようにただ表面だけを追いかけるのも大事な気がしています。
そうなるとむしろ写実は自分が消えるという点で素材とか対象と作者の関係の中で自動筆記とかに近いような気もしてきた。消えない無意識の自分。
それはもう自分とは呼ばないと思いますが
自分は制作全体を操作する自分の中に入れていく。
消える自分や消えない自分と素材や対象の関係を操作して
これを俯瞰する自分に、美術の意味があるとして
それが共有されたり、独り歩きしたりするような核をつくることが仕事なのだろうと考えてみるも
実際どうしていいものか。

ただ手を動かす自分にはこれまで何度も助けられて生活をつないできたので
実際にはそれだけがある。手が動くうちは爪に火でもとにかく生活できるという安心感はあります。
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いっぱい見て、いっぱい手を動かして
それだけが、僕を生かしてくれている。





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夏真っ盛り。暑いです。
先日 お世話になっているAさんのお宅にハス畑があるということで
おひさぶりの再開とハスの取材に行ってきました。





分解して構造を知る

羽化途中で死んだセミの幼虫

おかげのあるお地蔵さま

西山興隆寺の神木

西山興隆寺の石垣

持ち帰った開花初日と蕾、水上げが心配でしたがなんとか無事に開花しました。

自宅のハス。発育が遅れて心配していましたが、蕾が出ています。頑張れ

観察中のキアシナガバチ。ちょくちょくスズメバチに襲われたり環境が悪いようで、
中々巣の規模が成長しない。それでも皆元気そう。

焼成中の作品。まだ数回焼き重ねます。

頑張りましょう。

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洗面器に顔を付ける
こばしです。

蓮を作りたいのですがあまり資料がなく困っています。

触りまくれる蓮の花を手に入れようと
自分で育てようとしているのですが
初心者。。しかもなめきっていたのか、生育がなかなかうまくいかず
あれこれ調べてはテコ入れにかかっています。



メダカは卵をくっつけたりとやたら元気なのですが。。。

今年はレンコン畑に行くしかないかもしれません。


中を確認できないほど濁っていた
ミドリガメの水槽を水替え
この水槽、先月近所の川の土と草と藻を入れたところ
生まれたばかりのメダカが入っていて、
まあ、食べられてもいいかと思っていたのですが

ちゃんと育ってました。



同様に食べられてもいいと思って入れていたヤゴたちも元気。
羽化の現場に立ち会えますように。

ちょっと、ビオトープ的な事がたのしくなってきたかも。



塀に巣を作っていたキアシナガバチ。
観察していたのですが
先日
スズメバチに襲われたようで、巣の真ん中がえぐれています。
それでも女王蜂も元気。
これからです。



さて、今はカブトムシを作っています。
落ち着いて
時間を掛けて作れる状況を作っていきます。
洗面器に顔を付けているような気持ちです。










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こんな小さなアリでさえも


"an ant"
2017
H 1.4xW 1.2xD 0.7cm
セラミック ミクストメディア

表面のテクスチャーや色彩の変化は
炭化焼き締めという焼成法によるものです。

火と土の化学反応
焼成の変化

陶の魅力は
この変化につきます。

変化とは時間も含めたエネルギーそのものです。
僕は
それはいのちといいかえても良いと思います。
いのちとはやっぱり
この世のすべてであり
同時に
小さな一部なのです。

焼成とは
人為の表象にとっては
火による干渉であり
炎の洗礼にとっては
人による干渉です。
それぞれの立場が共存し対立し矛盾し
ある種のコントロール不能と可能のせめぎあいのそれらすべての均衡点としての静止、可視化。
それが焼成です。
すべてが
すでに、焼成されたこの陶に表現されているのです。

僕はそれら全体を見渡しながらコントロールし
変化そのものを4次元ごとトリミングする。
そういう作品を作りたいです。

土と火によって
こんなにも
力強く
変化しているのです。

こんな小さなアリでさえも。

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次にむけて


こんにちは

岡山の展覧会も無事に終了し

次へ向けて充電中、という感じです。

次、とは次の展覧会、次の作品ということ

展覧会をするとき、作品を作るとき

心がけていることがあります。

それは

次の展覧会、次の作品を

前の展覧会より倍、いい展覧会にする。

今の作品より倍、良い作品にする。

という気持ちを持ち続けるということです。

見てくださった方の中で僕の作品が感動をもって受け入れられたとすれば

その感動は、次の作品へとつながれるでしょう。

だから、前と一緒では、むしろ感動は、落ちた、となるでしょう。

生きてきたとはそういうことだと思うのです。

前と同じように感じ入っていただくには、前の作品より

倍、良くなってないといけないのです。

ということは

前よりすごくいいことになるためには

さらにその倍、よくなっていないと。。。

・・・終わりがありませんが

むしろ終わりがないことに助けられていると感じています。

生きている途中で完成などという終わりが来たら

どうなってしまうか考えると、恐ろしくなってしまいます。

まあ、そんなことはありませんが。。。

まだできる。

まだ変われると思いたいですよね。

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