March 12,2017
この度、大変貴重な機会を戴き自信初となる“掛軸”を制作させていただきました。
高校で油彩、大学でアクリル絵の具と出会い、その後いわゆる洋画家として活動を始めて10年経とうとする節目に訪れた、人生初の“掛軸”制作。
今回はその悪戦苦闘の挑戦を書き記しておきたいと思います。
掛軸については学生時代に日本美術史で少し学んだのと、美術館で名作と言われる作品を少し見た程度でしか触れた事がありませんでした。
特に軸を実際に作る“軸装”に関して言えば、全くの無知です。
そんな私に果たして掛軸が制作出来るのか…
何から手を付けていいのかもわからない状態の私は、まず自分が描くという前提で実物の掛軸を見て廻る事から始めました。
見る上で注意したのは、美術館にある名作の掛軸だけではなく、実際に現在売買されている“現代の掛軸”も沢山見ておくという事でした。
タイミングが良い事に美術館では『若冲展』が開催中で、京都という立地柄もあり現代の掛軸を見る機会にも事欠きませんでした。
多くの掛軸を見て、描きたい絵柄が漠然と浮かんできたところで次に用意しなければならなかったのが支持体である“和紙”。
これに関してはギャラリー内の作家である阿部君と八木君にご協力いただきました。
画材店巡りから和紙選びにドーサ引き(描く前に和紙に膠を引く)、描く上での注意点等、実際に経験のある二人からアドバイスをいただきとても助かりました。
<八木君にご尽力いただいたドーサ引き>
和紙の準備が整い、いよいよ実際に描く段階へ…!
ここまでの工程でも新たに学ぶ事が沢山ありとても刺激的でしたが、実際に描くのは更に衝撃的でした。
アクリル絵の具が和紙に染み込んでいく動きは、普段描いているキャンバスとは大違い。
今まで培ってきた経験によってコントロールしようと思えば思うほど、酷くなってしまう手元に愕然としました…
更に、それよりも愕然としたのは描いた内容である絵柄そのものの“見え方”でした。
初めて描いた本画は、今まで描いてきたアクリルのタブロー作品の延長線上で描いたような内容でした。
これでは結局“支持体がキャンバスから和紙に変わっただけ”でしかありません。
今まで描いてきたタブロー作品のように(私の癖とも言える)要素の多いガチャガチャした絵柄になっていってしまい、掛軸のもつ空間性を殺していってしまいました。
これではダメだと思い、2枚目では要素を極力排した本画を描きました。
1枚目よりもシンプルに描いた2枚目が完成に近づくにつれて、次の問題にぶち当たりました。
「描いた絵がのっぺりと平坦に見える」
これには更に愕然としました…
描いたモチーフがすべて同じ線(同じ層)上に描かれて見えてしまう。
和紙に描いてみて一番感じたのはキャンバスにはない、素材そのものの奥行き感でした。
それは和紙が薄く透けて見えるのが一因だと思われますが、そこに絵の具を置くと、
キャンバスで感じる“乗せる”という感じだったものが、和紙では“染み込む”という感じに変わります。
染み込み具合はその条件(絵の具の濃さや水分)によって変わります。
水分が少なければあまり染み込まずに和紙の表面に留まり、
水分が多いと和紙の“奥”の層へと染み込んでいくような感覚です。
私が和紙に感じた“奥行き”はこの染み込み具合から生まれる多層感(レイヤー感)からくるものでした。
しかし、残念ながら描いた本画はその多層感を全く生かせずに終わりました。
更に、当初の目標であったシンプルにという課題も個人的には満足のいく結果になりませんでした。
このままではダメだ。枚数重ねて改善されるような問題ではない。
そう思った私は一度筆を置きました。
そこからは更に沢山の掛軸を見る時間を過ごしました。
特に数年前に見た竹内栖鳳の展覧会の画集を食い入る様に見ました。
そして、改めて掛軸制作に入る前に幾つかの決断をしました。
1つ目は、今までのタブロー作品の延長線上として捉えずに、全く新たなものとして捉えもう一度初心に戻って取り組む。
2つ目は、沢山目にしてきた掛軸に見た日本画の印象や技法を実際に表現できるか試みて体験する。
3つ目は1つ目に近いですが、取り組み方自体をタブロー作品のような固く完成したものを初めから望まずに、もっと柔軟で即興的な要素を取り入れる。
というものでした。
以上のことを踏まえて制作したのが3枚目の本画である『家守図』(やもりず)です。
<家守図>
要素を極力排した絵柄で空間を生かし、ヤモリがまるで掛軸の上を這っていくような様子を描きました。
更に、1匹だけ腹を見せて描く事で掛け軸の裏を這うヤモリを描き、和紙を2層に使う事を試みました。
下描きでは5匹居たヤモリも最終的に3匹となったのですが、
この引き算という作業は、それまで足し算に次ぐ足し算で絵を描いてきた私にとっては非常に怖い行為でした…
しかしその甲斐あってか3枚目にして初めて手応えを感じる作品となりました。
4枚目は、3枚目では出せなかった和紙の多層感を体感するために水墨画を描きました。
<樹の河>
“たらし込み”等の日本画特有の技法にも挑戦し、
それまで何とかコントロールしようとしていた絵の具の和紙上の動きをあえて放棄し絵の具の動きに任せてみたりと、新たな試みも柔軟に取り入れるようにしました。
この頃から、
“コントロールできない不自由さ”が“コントロールしない自由さ”へと形を変え、タブロー作品とは全く違う“描く楽しさ”を強く感じられるようになりました。
まだまだ課題は多いですが、何かヒントが得られたような気がしています。
さて、
今回軸装させていただいたのは3枚目に描いた『家守図』という作品です。
軸装に際して、有り難い事に岐阜県の工房に実際に見学させていただき生地選び等に立ち会わせていただきました。
ここにもまた新たな刺激が沢山あり、目の回るようなひと時を過ごさせていただきました。
聞く事見る事初めてだらけで楽しかったです。
工房からの帰り道は、完成した掛軸を想像し思いを巡らせていました…
そして先日、ついに『家守図』の軸装が完成したので実物と対面してきました!!
それがこちらです。
思わず「おぉ!」と感嘆の声が出ました。
それは自分が描いた本画がどうのというのではなく、それを取り巻く軸の持つ威力と風格、
そして、すべての作業が1つのベクトルへ向かって動く事によってはじめて完成する掛軸という様式の面白さと美しさに感動しました。
実物のお披露目後に、掛軸はやはり床の間にということで実際に床の間をお借りして撮影をさせていただく機会にも恵まれました。
それまで私が学んできた西洋絵画と違って掛軸は絵の内容だけでなく、
その周りの空間(場所、季節、人)を含めることにより日本で遥か昔から行われてきたインスタレーションなのだと、
掛軸を制作する一連の流れを体感して理解出来ました。
この貴重な経験は、これからの掛軸制作だけでなくタブロー作品にも強く影響を及ぼすのではないかと感じています。
今回はまさに悪戦苦闘しましたが、小器用になり悪戦苦闘を避ける事が上手くなってしまっていた私にとっては必要な経験だったと思います。
このような貴重な機会を戴けた事を本当に嬉しく、有り難く感じています。
大変長くなってしまいましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。
今回のブログでは洋画家が初めての掛軸に悪戦苦闘した様子をご紹介させていただきましたが、
これは何よりも自身の忘備録として書き記しておきたいと思いました。
今回の掛軸だけに留まらず、今年は沢山の挑戦が待つ1年になります。
新たな課題にぶつかることも沢山あるかと思いますが、今回の経験を糧にして立ち向かっていきたいと思います。
高校で油彩、大学でアクリル絵の具と出会い、その後いわゆる洋画家として活動を始めて10年経とうとする節目に訪れた、人生初の“掛軸”制作。
今回はその悪戦苦闘の挑戦を書き記しておきたいと思います。
掛軸については学生時代に日本美術史で少し学んだのと、美術館で名作と言われる作品を少し見た程度でしか触れた事がありませんでした。
特に軸を実際に作る“軸装”に関して言えば、全くの無知です。
そんな私に果たして掛軸が制作出来るのか…
何から手を付けていいのかもわからない状態の私は、まず自分が描くという前提で実物の掛軸を見て廻る事から始めました。
見る上で注意したのは、美術館にある名作の掛軸だけではなく、実際に現在売買されている“現代の掛軸”も沢山見ておくという事でした。
タイミングが良い事に美術館では『若冲展』が開催中で、京都という立地柄もあり現代の掛軸を見る機会にも事欠きませんでした。
多くの掛軸を見て、描きたい絵柄が漠然と浮かんできたところで次に用意しなければならなかったのが支持体である“和紙”。
これに関してはギャラリー内の作家である阿部君と八木君にご協力いただきました。
画材店巡りから和紙選びにドーサ引き(描く前に和紙に膠を引く)、描く上での注意点等、実際に経験のある二人からアドバイスをいただきとても助かりました。
<八木君にご尽力いただいたドーサ引き>
和紙の準備が整い、いよいよ実際に描く段階へ…!
ここまでの工程でも新たに学ぶ事が沢山ありとても刺激的でしたが、実際に描くのは更に衝撃的でした。
アクリル絵の具が和紙に染み込んでいく動きは、普段描いているキャンバスとは大違い。
今まで培ってきた経験によってコントロールしようと思えば思うほど、酷くなってしまう手元に愕然としました…
更に、それよりも愕然としたのは描いた内容である絵柄そのものの“見え方”でした。
初めて描いた本画は、今まで描いてきたアクリルのタブロー作品の延長線上で描いたような内容でした。
これでは結局“支持体がキャンバスから和紙に変わっただけ”でしかありません。
今まで描いてきたタブロー作品のように(私の癖とも言える)要素の多いガチャガチャした絵柄になっていってしまい、掛軸のもつ空間性を殺していってしまいました。
これではダメだと思い、2枚目では要素を極力排した本画を描きました。
1枚目よりもシンプルに描いた2枚目が完成に近づくにつれて、次の問題にぶち当たりました。
「描いた絵がのっぺりと平坦に見える」
これには更に愕然としました…
描いたモチーフがすべて同じ線(同じ層)上に描かれて見えてしまう。
和紙に描いてみて一番感じたのはキャンバスにはない、素材そのものの奥行き感でした。
それは和紙が薄く透けて見えるのが一因だと思われますが、そこに絵の具を置くと、
キャンバスで感じる“乗せる”という感じだったものが、和紙では“染み込む”という感じに変わります。
染み込み具合はその条件(絵の具の濃さや水分)によって変わります。
水分が少なければあまり染み込まずに和紙の表面に留まり、
水分が多いと和紙の“奥”の層へと染み込んでいくような感覚です。
私が和紙に感じた“奥行き”はこの染み込み具合から生まれる多層感(レイヤー感)からくるものでした。
しかし、残念ながら描いた本画はその多層感を全く生かせずに終わりました。
更に、当初の目標であったシンプルにという課題も個人的には満足のいく結果になりませんでした。
このままではダメだ。枚数重ねて改善されるような問題ではない。
そう思った私は一度筆を置きました。
そこからは更に沢山の掛軸を見る時間を過ごしました。
特に数年前に見た竹内栖鳳の展覧会の画集を食い入る様に見ました。
そして、改めて掛軸制作に入る前に幾つかの決断をしました。
1つ目は、今までのタブロー作品の延長線上として捉えずに、全く新たなものとして捉えもう一度初心に戻って取り組む。
2つ目は、沢山目にしてきた掛軸に見た日本画の印象や技法を実際に表現できるか試みて体験する。
3つ目は1つ目に近いですが、取り組み方自体をタブロー作品のような固く完成したものを初めから望まずに、もっと柔軟で即興的な要素を取り入れる。
というものでした。
以上のことを踏まえて制作したのが3枚目の本画である『家守図』(やもりず)です。
<家守図>
要素を極力排した絵柄で空間を生かし、ヤモリがまるで掛軸の上を這っていくような様子を描きました。
更に、1匹だけ腹を見せて描く事で掛け軸の裏を這うヤモリを描き、和紙を2層に使う事を試みました。
下描きでは5匹居たヤモリも最終的に3匹となったのですが、
この引き算という作業は、それまで足し算に次ぐ足し算で絵を描いてきた私にとっては非常に怖い行為でした…
しかしその甲斐あってか3枚目にして初めて手応えを感じる作品となりました。
4枚目は、3枚目では出せなかった和紙の多層感を体感するために水墨画を描きました。
<樹の河>
“たらし込み”等の日本画特有の技法にも挑戦し、
それまで何とかコントロールしようとしていた絵の具の和紙上の動きをあえて放棄し絵の具の動きに任せてみたりと、新たな試みも柔軟に取り入れるようにしました。
この頃から、
“コントロールできない不自由さ”が“コントロールしない自由さ”へと形を変え、タブロー作品とは全く違う“描く楽しさ”を強く感じられるようになりました。
まだまだ課題は多いですが、何かヒントが得られたような気がしています。
さて、
今回軸装させていただいたのは3枚目に描いた『家守図』という作品です。
軸装に際して、有り難い事に岐阜県の工房に実際に見学させていただき生地選び等に立ち会わせていただきました。
ここにもまた新たな刺激が沢山あり、目の回るようなひと時を過ごさせていただきました。
聞く事見る事初めてだらけで楽しかったです。
工房からの帰り道は、完成した掛軸を想像し思いを巡らせていました…
そして先日、ついに『家守図』の軸装が完成したので実物と対面してきました!!
それがこちらです。
思わず「おぉ!」と感嘆の声が出ました。
それは自分が描いた本画がどうのというのではなく、それを取り巻く軸の持つ威力と風格、
そして、すべての作業が1つのベクトルへ向かって動く事によってはじめて完成する掛軸という様式の面白さと美しさに感動しました。
実物のお披露目後に、掛軸はやはり床の間にということで実際に床の間をお借りして撮影をさせていただく機会にも恵まれました。
それまで私が学んできた西洋絵画と違って掛軸は絵の内容だけでなく、
その周りの空間(場所、季節、人)を含めることにより日本で遥か昔から行われてきたインスタレーションなのだと、
掛軸を制作する一連の流れを体感して理解出来ました。
この貴重な経験は、これからの掛軸制作だけでなくタブロー作品にも強く影響を及ぼすのではないかと感じています。
今回はまさに悪戦苦闘しましたが、小器用になり悪戦苦闘を避ける事が上手くなってしまっていた私にとっては必要な経験だったと思います。
このような貴重な機会を戴けた事を本当に嬉しく、有り難く感じています。
大変長くなってしまいましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。
今回のブログでは洋画家が初めての掛軸に悪戦苦闘した様子をご紹介させていただきましたが、
これは何よりも自身の忘備録として書き記しておきたいと思いました。
今回の掛軸だけに留まらず、今年は沢山の挑戦が待つ1年になります。
新たな課題にぶつかることも沢山あるかと思いますが、今回の経験を糧にして立ち向かっていきたいと思います。