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Blue Bear Art Project+COMBINE Installation 「さよなら あおぞら」vol.1















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仮面
18歳だったか

19歳だったか

もう覚えていないのだが、確かその頃買った一冊の雑誌が
今も我が家の書棚にある。


美術雑誌なのだが



内容に惹かれて買ったわけではない、ただ表紙の絵が、
なんとなく気にかかり買ってしまった。


ジェームズ・アンソール。


仮面の画家。



今もって特別好きな画家という事ではない。絵もさほど好みでもない。
しかし、なんというのだろうか?ある一定の期間を置くと、不思議と
手にとる雑誌となっている。



このアンソール、正直、19世紀から20世紀にかけて活躍した他の画家に
比べ、日本ではあまり知られていないのではないだろうか?


しかし、不思議なことに、何年かに一度、僅かだが国内のメディアにフワッ
と姿を現しさしたるブームや注目を浴びることもなく、またシューと消えていく。。
少し前にもどこかのテレビで特集をしていたようだが、残念ながら見られなかった。


実は私、この2,3年前であるが、このアンソールのことが少し分かったような
気がしたのである。


なにが分かったか?


少し強引な論法ではあるが、この画家が描いた“仮面”や“骸骨”の絵は、
他の歴史の作家よりも21世紀、今の現代美術までに相当な太い線で繋が
っているのではないか?ということだ。



様々な表現形態の思考経過が現代まで繋がり、現時点の表現主流
(幾重にも別れてはいるが)が確立されているのだが、なんとなくこの画家
が示したものが、実は様々な各時代背景を色濃く反映したきた表現よりも
数段普遍的な人間の本質を示したのではないか?と私は思えたのである。
ある意味誰よりも核心的な表現だったのではないかと考えている。



仮面をメインモチーフにしているものが現在も評価が高いのであるが、この仮面、
洋の東西を問わず案外芸術にとっては重要な小物となっている。
日本での特徴としては“能”という独特の表現になるのだろうが、西洋にとって
も仮面はかなり歌劇などやその他の表現で使用されていると思うのである。


日本では、文学の世界で三島由紀夫が“仮面の告白”という小説を書いているが、
仮面という物質を媒介させることによって、人間の内と外、自分を取り巻く
環境と内なる自分という相反するものを象徴的表す役割を仮面に仮託し、その構造
を分かりやすく説明することに役立てたりしている。仮面というものを挟むこと
によって、その内外の関係性が如実に浮き彫りになるという仕組みである。


仮面がもつ意味は、時として表現者の想像を遥かに越えるくらいの威力を発揮す
る場合があるように思えるのである。あえて表情がない仮面をつけて演じたり表現
することにより、より内面から彷彿とする感情が燃え立ち、客観敵に見る側の人間
の想像を大きく増幅させる効果が得られたりする。


また仮面というものに肉体的に目視できる自分と見えない内なる自分との狭間を
仮託することにより、より客観的な視線を生み出すことができrのである。



個人の内と外、社会の内と外、社会と個人など仮面を差し挟むことで、仮面を
中心にマルチな関係性が多面的に生まれ、より多角度な考察から本質に辿りつ
くための導線が生まれるのと同時に様々な考え方を生み出させる効果も得られるので
ある。


その仮面をメインに使い描いたアンソールの絵は、様々な画家か試みた人間観察
よりもより普遍性があり、人間そのものを表現する上ではかなり核心的であるよう
に私は感じたのであった。


仮面をメインに使用するからアンソールは普遍的であり
現代美術に直結するのでは?というのではない。



この人間が描いた仮面の意味とは、本質的に我々が固定観念で堅持している
仮面の意味とは違うのではないか?ということに気が付き、そこから考えられる
部分が実は現代美術まで繋がる太い線なのではと感じたのである。



仮面とは通常、嘘の自分を示すものと我々は捉えていないだろうか?
そして仮面の内側にある自分が本当の自分であり、真の自分だというのが
大半がイメージするところではないのだろうか?



しかし、これは本当にそうなのだろうか?とアンソールの絵を見て
感じたのである・・




仮面こそが真の自分の姿ではないのか?という単純な逆説を考えた。




例えば、社会に出て活動している自分には何枚もの仮面がある。
サラリーマン、主婦、社長、等々色々あると思うのであるが、これを
考える時、実は自分はその仮面とは違うという常に違和感を持ち、
真の自分探しなんどという心地よい言葉に良く酔わないだろうか?



しかし、現実に自分を形どり、社会で客観的に浮き上がる自分とは
“仮面の自分”でしかないのではないか?と直視できないだろうか?



人が一生を終えたとき、他人がその人間を語る場合、
自分の付けていた仮面を語りはしないだろうか?



あの世から“俺は本当は違うんだ”という事を叫んだとしても、勝手に
一人歩きする自分とは“仮面の自分”なのではないかと思うのである。



ここが実に重要なのであるが、人間社会で生活を送る場合、仮面の自分
こそが実は、真の自分であり、間違いなく自分で作った自分なのである。
仮に真の自分という仮面の内側にある自分で生きた場合、どうなるので
あろうか?できるだろうか?



内なる自分を剥き出しにできるか?なぜしないのか?なによりも真の自分
と固執している部分がなにか?それを具体的に示すものはなにか?


ここが本質なのではないか、いつも主観的に勝手な解釈を施すが
客観的、そう、社会という全体から自分を見つめた場合、仮面の自分以外
に見えるものはない!



と、、思うのである。仮に自分を剥き出しにした場合、社会は受け入れ
てくれるだろうか?仮面の自分を作りだせない人間は社会から虐められないか?
蔑まれたりしないか?仮面に逃げ込むという考え方もあるが、実はそれ
こそが人間そのものの本質的行動であり、実は真の自分なのではないだろうか?


仮面の内側の自分が真実などと考えるのは妄想でしかなく、見えない自分
とは実は“嘘の自分”に他ならないのではないか?という事である。
悲しいかな、人間はあくまで仮面をかぶった真の自分で生きていくしかなく、
内側にある“嘘の自分”と語り続けなくてはいけない存在なのではないのだろうか?


私はアンソールの絵を見たときそのような感覚が押し寄せてきたのである。


私はそう言う意味で、奈良美智は“仮面の画家”だと思うのである。
可愛い子供の顔につりあがった憎悪を滲ませた視線。


嘘の子供に目を描いているのか?


違うと思う。


真実の目を描いている、真実の子供の表情であり仮面なのだと思う。

違和感を感じるのであるならばそれは大人が勝手に想像している子供
の内側に対しての虚像である。
実はそれは“嘘の子供”であり、真実は鋭い視線を持ったものこそ


大人を常に冷静に見つめている

子供の真の表情であり仮面なのだ。



ここにアンソール的な仮面の告白があるような気がするのである。




仮面の人物像とは真の自分という表現では少し分かりにくくなるだろうから
あえて現実の自分という解釈にすれば分かりやすいのかもしれない。



19世紀にこの人間の固定観念に対する逆説的内面を説明したのが私は
アンソールだったと思うのである。



であるから、まさしくこの普遍的な問題定義は現代美術まで直結し
今尚、表現の中心的な役割を果たしつづけている。


アンソールが仮面の群像の中で自画像をかいている名作があるが

この絵の最大の特徴は


仮面と自画像たる自分が


同質に描かれているということであり


そこから仮面に仮託した無表情な人間社会と客観的に
捉えている内側の自分とが、境界すれすれという緊迫状態
を生み出している。この緊張感から見えるものとは


自分の周りにある種種雑多な仮面こそが


自分であると


強く



訴えかけくるのである。


その絵を前にすると


改めて


今を生きている


自分自身というものに



厳然と向き合おうと私は感じるのである。

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光琳へ 15  最終
さぁ、そろそろこの光琳シリーズも終わりにしたい。


本当はもっと前に終わる予定が


あの当時の事を思い出しながら書き進めていると
色々なことが蘇りどんどん増えていった・・・


少し怒りも・・


先に結論から書けば、屏風は当然完成した。
しかし、思ったほどは“売れなかった”・・これが結論である。


損はしていない。私たちが通販会社に対しての売買契約としては
小売価格で数千万円という実績ではあった。
しかし、これは初期計画の最低レベルである・・・・


通販会社がその仕入れたものを売れなかった?これは正確ではない
売れるようになっていなかった、これが私の実直な感想である。


カタログを見た瞬間、駄目だ・・・と直観した。。


はっきり言うがコピーも内容も写真もすべてダメであった・・
これが限界か?と暗澹たる気持ちになったのを覚えている。。


当たり前すぎる、、常識的、、史上初!などというキャッチコピー
が刷られていたが・・・なんとも・・・・くだらない。。。。


前回、販売に関してのフロントとなる通販企画の会社
と価格面での話を書いたが、結局、こちらサイドの言い分が
通った形となり、おおよそこのスキームは校正を順調に段階
を踏んで進めるというところまで来ていた。


ここまでくれば完成させるためには
他に懸念することはそうはない・・筈なのだが・・


なんとなく感じた方もおられると思うが、どうも私はあの
価格の話を通販企画と進めていた時から、この企画を販売する
側とは正直温度差が生まれていた。なにかが違う?という違和感
があった。基本的に私の背景となる製作側が私を飛び越えて販売側
と話をすることはなかったが、その中間に立つ私が感じたものは
作る側と売る側のあまりにもの情熱の違いであった・・


こんな感じで本当に売れるのだろうか?


ここで私が素直に感じたこととは、仕事に対する畏敬・・という事と、
こういう仕事は、それぞれが真ん中に置いたテーブルに会社代表として
席に着き会社の思惑とテーブルの議論の距離を測りながらより高い次元
を求める、そこにはある種の“ダブルスタンダードを兼ね備えていく、、
そういう心づもりがないといけないかな。。と感じた。それが常にある会社の
こういう担当ですという枠の中から意見を言ったり、と言う人間が混濁
すると、その人間は帰属会社に対するロイヤリティーを高く留保でき仕事が
貫徹するような高揚感を持てるが、どうも“それ以上に昇華”する要素が
極端に少ないというか・・・どうも相容れないもののみが残りの人間には
積算される。。。


この光琳の仕事を通して一番の失策部分であった事は間違いない。
作るということは手段であり、目的は売る・・・であった。細心の注意を
払い目的と手段が逆転しないよう心がけてきたつもりではあった、これは
間違いない、しかし、私の立場の仕事として作る・売るという間に立って
の調整の仕事において、この両極の温度を一定に保てなかった・・・
それも中間に立つ人間のコンセプトを色濃く反映させてという肝心要の部分
が、モノつくりの温度の方が想像以上に上がってしまったのであった・・


そして、ものづくりのレベルが想像以上の高さを保つことを初期に想定しきれて
いなかったが故に、販売側へのこれまでの既成観念や固定観念の打破を仕事として
時間的に入れ込んでいなかったのが最大の問題であった。これは逆に言えば、私も
彼ら通販側の通常販路、通常販促でなんとかするという想像しかもっていなかった
という証左であり、こういう仕事を貫徹するうえでの想像力が脆弱であった。。。。


これは実は良い勉強になった。


今のこの“COMBINE”という仕事を始めるにあたり、一番勉強になった
部分だと思う。。


COMBINEとは“円卓”である。


光琳の仕事を通して、この作品が商品と変化する時点を、自らの仕事の
アイテムとして、上に見るか、下に見るか?少し抽象的ではあるが、、、


他に比類なき芸術品を再現し、それを複製として広く訴えかける・・・
この場合、、、、そのモチーフとして選んだものを真剣に考察し、それを
どう活かすかという高い次元の検討なくして本当に感動が生まれる
か?感動を伝えられるのだろうか?それは自らの使命としてどの
ように捉えるか・・・という事がこの円卓概念には至極重要となるという
風に感じた。。


この光琳の仕事の時に感じた違和感とは率直に私は疑問、、いや不信
と言っていい感覚を相手に対して持つにいたった。これではダメである・・


こののちこの仕事は契約、そして販促という製作とは並行した販売企画
側の部分にも仕事が進行していくのであるが、結果的にはすべて
丸くおさまって進捗はしたのであるが、その大半がどうもシックリ
くる感覚がなかった。


本当は“契約書”を美術館、ライセンス窓口商社、通信販売企画会社
そして制作の我々と4社間で締結するという構想であったのだが、これは
ここでは書けないが、“大揉めに揉めた!”。。。。


実は私はこれまで書いては来なかったが、この販売に関しては、一般
ユーザー向けだけではなく、もう一つの販路を用意しその部分も契約
内容に突っ込んでいた。


契約書のキーは販売者である通販企画側からのものなのだが・・
これが、どうも・・・ここではとても問題があるので書けないが、とにかく
しっくりこないものであったことだけは確かである・・


いずれにしても良い勉強をさせてもらった。。


さて終わるにあたり最後に一つだけ完成にいたるまでの最終局面で
ぶち当たった問題点、それを突き抜けた時の話をしたい。。


最大の難関は、やはり現行屏風の欠損した箇所をどのように
仕上げるか?という部分に集約されていた・・


確か校了まで都合7回の校正作業をしたように記憶している・・
(8回だったかもしれない・・・)


その5回目だったと思うが、やはり欠損部分から派生する全体の色調の問題が
浮上した。印刷であるから、版により色分解し結合させているわけではない。
だからある色を満足いくところまで仕上げたとしても、その為に他の色が
予想外の方向へ引っ張られる傾向を如実に表してしまうのである。


多少ダイレクトメールなどの印刷物でも経験することがあるが、赤が勝ちす
ぎると、全体に黄ばんだ色になっり黄緑系になったりという傾向を発生
させてしまう。これと非常に似ている。問題の発生は樹木の墨の色から
だったと思うが、ここから全体の色調が崩れだした。校正の方向を確認
しもってのオペレーションだったのであるが、人間の感覚だよりであり
言葉があってないような微妙な世界である。そして最大の問題は、恐れていた
校正場所がこの日会議かなにかの関係で変更になったのであった。


明らかに通常よりも明るい部屋、光線の角度も違う、これは!と皆、緊張
したのであるが、案の定、美術館側は怪訝な表情をした。少し違う?・・

ここから微妙なズレが生まれだした。


慌てて、元の部屋での確認を依頼し、渋々応じてもらったが、一度もった違和感
がすんなり消せるほどの根拠を得るには至らなかった。。。


欠損部分は最初からわかっていた事ではあるが“想像の世界”である。
この部分を埋めるには全体の色調を確認しながら欠損部分を違和感なく色調を
整えるという作業だったのであるが、全体に違う?となると、この欠損部分を
一から考え直さなくてはならない・・・それは全体を変更するというところま
で行きつきかねない・・


これはなにを意味するか?


相手の満足のいく基準が生まれるまで延々と続くという事である。。


では、やればいいではないか?と思うが、多少印刷を知っている方
だと分かるが、校正を5回も重ねるということは、すでに利益部分
をかなり削っているのであった。本来3回以上でもそうである。
今回の場合、ある程度難度を考慮して見積もりを算出していた筈
ではあるが、5回を超え、あと何回かかるか分からないとなれば
印刷会社としては非常に危険な水域に差しかかる。これがあと一回
で都合6回で校了と目途が立っているならば同じ5回を超える校正
といっても話が違う。今回の問題は5回まで積み上げたものが、
御破算?かも?という意味での次の6回目であった。一からやり直し
という見方が出来なくもない状況であった・・・・


美術館が提議したのは、、、
まったく漠然とした課題ではなかったが、しかしながら、、、
主観が支配する世界であることは間違いなかった・・・


この日、美術館を出た関係者一同は喫茶店で対応策を協議した。
窓口商社担当、私、印刷会社2名、屏風制作会社1名・・・・


計5名


重たい空気が流れていた・・


印刷会社のNさんから、このままでは・・という苦悶に満ちた
問題に対する感情が出た、、一同その事情は分かっていた・・


赤字を垂れ流し続けてまで付き合えない・・


営業的に“ここらで”という風にもって行けないか?
という着地点を作ってくれという懇願に近かった・・


しかし、それは難しかった。
とても美術館が受け入れるとは思えなかったし、そんな事を
こちらから持ち込めば、即時中止・・・となることは目に見えていた。。


ゥーーーーン、、、と沈黙。。。


それぞれ帰りの新幹線の時間が迫っていた。
いろいろ問題がこれまであったが、実はこのときが一番暗礁に乗り上げた
ような記憶がある・・・それは技術的な部分とコストという部分が同時に
襲いかかった問題であった。。そしてここまで来て退却できないという我々
が進んできた道程があった。。。


このとき、いや、これまでずっと黙っていた


印刷会社のHさんが口火を切った!


「まだ、全部出し切っていない!」


「????」


皆、なんのことか分からなかったが・・黙ってHさんの次の
言葉をまった・・



「まだ、やれることがある。まだ全部出し切っていない!」



どうも、今日一日、何か違うという判断を出し始めた美術館側
を観察し続けていたようであり、我々がアタフタとしていた時
美術館が求めるものを解析し、一人冷静に今後の作業を繰り返し
頭の中で組み立てていたようであった。。



「我々は印刷屋だ、これを前に引き下がるわけにはいかない!」



同じ印刷会社のNさんも黙って聞いたいた・・



「上山さん、あんたがびっくりするような技術がまだまだあるで!
絶対美術館が納得するもんを作るから任せて!心配せんと任せて!
負けるかいな!」


と、、ニコッと私を見て笑った。。



事実、こののちの校正は何が良かったのか?我々は正直よく分からなかっ
たがすんなりと通った・・



そして完成した。



自分で言うのもなんだが



この仕事を今まで20年してきて
様々な複製、版画、それこそ数限りなく扱い
見てきた。しかし、この紅白梅図屏風1/2複製程
優れたものはない!



これは断言できる。



あれから2年



今、契約の関係で販売権利は私の側にはない。現在塩ずけ状態である。
しかしあとわずかで、この販売権は解除される。


もう一度、挑戦するつもりである。
自分なりのプロモーションでやってみたい。



これほど優れたものがこのまま塩ずけになってはいけない。



まだ、この仕事は終わってはいない。。。



そう、光琳に伝えたい!



end

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瀬戸内国際芸術祭2010
古来より交通の大動脈として重要な役割を果たしてきた瀬戸内海。
行き交う船は島々に立ち寄り、新しい文化や様式を伝え、そこで
暮らす人々の生活が美しい景観や伝統的な風習を育ててきました。
瀬戸内国際芸術祭は、アートを道しるべに、心癒す瀬戸内海の風景と、
そこで育まれた島の文化や暮らしに出会う、現代アートの祭典です。



名称 瀬戸内国際芸術祭「アートと海を巡る百日間の冒険」
開催期間 2010年7月19日(海の日)ー10月31日(日)
会場 直島、豊島、女木島、男木島、小豆島、大島、犬島、高松港周辺
主催 瀬戸内国際芸術祭実行委員会
会長: 真鍋武紀(香川県知事)
総合プロデューサー: 福武總一郎
(財団法人 直島福武美術館財団理事長)
総合ディレクター: 北川フラム(アートディレクター)



瀬戸内国際芸術祭2010作品公募 募集要項
「新しい才能の発掘・育成」「島の魅力発見」を目的として、瀬戸内
国際芸術祭の会場となる瀬戸内海の7つの島を対象に、島々の魅力を
発見し、地域資源を活かしたアート作品を募集します。



募集部門
家プロジェクト:空家や民家を利用した作品
棚田や島の自然をテーマにした作品 (主に小豆島)
路地プロジェクト:主に男木島の路地に展開する作品
その他:自由提案


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この祭典、実は私かなり注目しております!
様々な意味において美術を中心としたプロジェクトの
中で劇的な違い、革命的なものになるのではないか?と
想像し期待しているのです。


そして、日本における現代美術の中心”メッカ”が
瀬戸内海一円の島々となり、世界が驚くような展開が
今後成されていくような期待も持っております。


東京は?


コマーシャル程度の場所となるような気もしています・・


COMBINEを始める前後、私は金沢21世紀美術館と直島に数回行く
機会がありました。これは偶然であり、COMBINEを始めるからという
理由ではなく、なんとなくそのようになったというこでした。


二つの美術館ともに優れた内容で、現代美術の美術館としては国内では
抜きん出た存在であることはここで私が改めて語る必要も無いほどの
周知の事実なのですが、しかし、特に私は直島、この場所にそれまで
に感じたことのない感銘を受けました!


公的な美術館として異彩を放つ金沢も魅力満載の美術館なのですが、
直島だけはそれまでの芸術を見せる、見るという関係性の概念を覆さ
れたような衝撃が走り、福武總一郎というカリスマ的存在が、世界を
相手に闘う芸術家達と共に妥協を許さず自らの熱い想いをカタチに
したという一種の作品のような凄み、迫力を感じたのです。


島全体を活かした外観としての展示の在り様もそうですが、何よりも
その作品一点一点、芸術家一人一人に対する熱い思いと執着が他のど
の施設とも比べものにならないほどの情熱を感じました。


そして、なにより“作品が島と人の生活と共に息づいている”!これが
私に劇的な違いをもたらした最大の要因でした。人が生活する中に存在
する芸術・アート、人が生きていく中で自然と傍らに存在する芸術・
アート、実に衝撃でした…・


その熱い想いがベースとなって今回開催される瀬戸内国際芸術祭!
そして瀬戸内国際芸術祭2010作品公募!


これには是非注目していきたいのと同時に


COMBINEのアーティスト諸氏の中でも
チャンレジを考えている人達がいます!




詳しい情報

↓ ↓ ↓ ↓ ↓


瀬戸内国際芸術祭2010

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