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「放射能が降っています。静かな、静かな夜です。」
「放射能が降っています。静かな、静かな夜です。」





ある日京都新聞を読んでいてこの一節が目に留まり、、



”ハッ”とした!




ご存知の方も多いと思いますが、福島在住の詩人
和合亮一さんの詩の一節であり、現在も彼はtwitterで
「震災詩」を展開している。



この日読んだこの一節を含む記事とは



「京都新聞・現代のことば」で現京都市立芸術大学学長
で美術評論家の建畠哲氏の「震災と詩人」というコラムで
あった。



アウシュビッツの後に、詩を書くのは野蛮だと述べたのは、
ドイツの哲学者、テオドール・アドルノである。



という一文から始まるコラムであり、現在の震災、及び
その中で生きる詩人とテオドールを重ねて論旨を構築し
ているのだが、もっとも交差するポイント・野蛮という
意味を和合氏のtwiiterでのつぶやきから抽出する。



「こんなことってあるのか比喩が死んでしまった」



確かに、大きく感じ頷けるものがある。



どんな比喩を駆使しようとも、、現実の持つ大きさ、、、、
この国ではそれをインスタントに「想定外」と安売りして
いるが、いずれにしても詩人がその惨状を他者に表現しよ
うとしても比喩となるその言葉には空虚さと欺瞞しか滲み
出さないし現時点で聞くものの心に重なり合い何らかの感
情の増幅が働くような響きはないだろう。



それどころか、、、



確かに、他人事のように聞こえてしまいかねない言葉の
選択は、、苦渋を味わう人間からすれば”暴力”に等しく
即ち”野蛮”な行為と化す。


言葉がない、とは正しくの状態である。。



詩人にとって言葉がない状態とは・・と考えたとき



失礼ながら詩人と呼ばれる人が詩をもって生業と
していけている人がいかほどいるのだろうか?



現実には皆無に近いのではないだろうか?



そう考えると、詩人とは職業ではなく、ある意味
生き方の種別、それもかなり純度の高い種類
になるのではないだろうか?


どういった純度かと考えれば、人間そのものを概
念化させる、つまり全ては自己の中にある他人と
いう存在の自分、、、、、



(通念としてはあくまでも他人であるが、その他人
という概念の本質は自ら作り出した他者でしか
ない。他人などというものは肉体の視覚的認知
以外本質的な概念化は自己の中で創出している
他人という自分でしかない)




と、この他人という想定から観る自分という存在、
またその存在関係の倍数的存在の社会という
構造、その違いを整理し、消滅するまですり合わせ
空洞と化した自分を作り出す、その空洞と化した
自分の真ん中を言葉という感覚の最大公約数に
翻訳する作業で突き抜かせる、詩人とは、その
言葉の濃度と純度が著しく高い人種のような気が
するのである。



その詩人にとって存在の全てである言葉がなくなる
というのは死にも値する。。


しかしここで建畠哲氏はあえて逆説的にこの死
こそが的確な比喩と化したと解説する。


付け加えて、、、、、こうも解説する、、、


震災は一人の詩人から比喩を奪ってしまった。
だが彼は比喩の死という事態を正しく見据え、
その”静かな夜”に一人佇み、黙礼する。



それもまた詩人の姿なのだ・・・・と、、、、





「放射能が降っています。静かな、静かな夜です。」






詩人はそのまま伝えている。

この一節に言葉としての比喩はない。




しかし、、、、




涙が止めどなく溢れてくる・・・・・・・・






---------






私はハッと気づかされ



符合する時代感覚を改めて認識する。



これは詩人という芸術家の存在だけの話なのだろうか?


違う全ての芸術家は皆同じであり、、、、、
そういう時代の幕開けに突入したのだと私は感じている。


今いる芸術家、20代から存在すると考えても
この先50年、半世紀への大きな幕開け、転換点
なのではないか?と感じている。



転換するという事は、その以前は雲散霧消とまでは
言わないが、ほぼ通用しなくなる。当然通用しなくなる
という理由は歴然としている。




涙が止めどなく溢れるような




感覚の相違からくるわけであり、前述を引用すれば、以
前における比喩は死に、新たな逆説的比喩、ともすれ
ば捨て身の比喩=詩人の純度=芸術家としての純度
これら全てはどのアイデンティーから生じ?どこに向かって
発露されるのかが想像以上必要となると私は感じてい
るのと同時に、、、、、




求めていかなければいけない!と考えている!



今日!




日本の芸術家には明確に求められているものがある!














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少し長いですが直近の活動報告です
6月1日からスタートした

松本央solo exhibition【Beast Attack!】

新聞・雑誌・インターネットメディア等にて
取り上げていただいた事をはじめとして、
強い関心・興味をもって起こしいただいた
お客様、多くの作家の方々、これから作家
を目指す若者たち等、実に様々な方々にご来
廊いただき、松本央の今後の活動にとって大事
な糧になるご批評を賜ることができました。

それら好評について会期を延長いたしました
が今週末29日(金)にていよいよ終了いたし
ます。



この展覧会にご興味をお持ちいただき、まだ
ご覧になっておられないお客様はぜひ今週末
までですので、是非お越しいただきますよう、
ご案内申し上げます。


さて、前回の活動報告から一週間経ちましたが、
新たに報告する事があります。


もうすでに始まっておりますが、
先週の水曜日20日より高松にて

中井幸子さんの新作を中心とした展覧が
スタートいたしました。昨年BAMI galleryにて
個展いたしました”One~Where are you?”
何年も彼女が追及している”道のシリーズ”に
続く新たな”relive ”というNEW workを中心に
今回は構成しております。

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中井 幸子 solo exhibition at 高松天満屋
new works
2011.07.20 (wed) - 2011.08.09 (tue)
at 高松天満屋5階アートギャラリー
http://www.tenmaya.co.jp/takamatsu/

〒760-8516
高松市常盤町1丁目3番地1
5階アートギャラリー 
TEL087-812-7549(担当 青野)
営業時間 10:00〜19:30















お近くの方は是非お越しいただきますよう
ご案内申し上げます。

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また同場所にて19日(火)まで開催しておりました
【田村博文 solo exhibition
STONE+SABI 原風景からの切り貼り】ですが、
内容を変え20日より新たに展開をしております。

田村さんのお嬢様で現在愛知県で陶芸家として
活躍されています堀井倫子様とカップリング
展示をしております。

―光彩集― 堀井倫子 作陶展



〒760-8516
高松市常盤町1丁目3番地1
7月20日(木)→8月9日(火)
■5階 美術品売場 担当 藤本
TEL087-812-7549
営業時間 10:00〜19:30

















中井幸子展とあわせてお楽しみいただければ幸いです。


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さて、BAMI galleryですが

29日(金)にて松本央展が終了いたしますと
翌週の3日(水)より、

COMBINE SELECTION
2011.08.03 (wed) - 2011.08.24 (wed)
gallery close 8/6・7・9・10・11・13~18・20・21
open 11:00~18:00



を開催させていただきます。

通常個展中心に展開をいたしておりますが
今回はホームページ等にてご紹介させてい
ただいておりますCOMBINE artistたちの
作品を展示いたします。

COMBINEブログ等にてご承知の方も多いかとは思います
が、釜匠の会心の新作”ゴンベッサの真実”を
初披露する予定ですので、こうご期待ください。



※誠に勝手ではありますが、お盆を挟み
 かなり変則的なCloseとなっておりま
 すので気をつけていただきますよう
 お願い申し上げます。


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そして、、、

COMBINE SELECTIONが終了いたしますと
BAMI galleryでは初となる

VIDEO ART exhibitionを開催いたします。



作家は弱冠23歳、今春、京都嵯峨芸術大学を卒業
したばかりの植田崇祐(うえだ・たかひろ)です。

植田崇裕
Video Art 【テリトリーの変化と浸食】
2011.08.29 (mon) - 2011.09.20 (tue)
gallery close 9/4・10・11・17・18
open 11:00~18:00


【展覧会ステートメント】
 

私達の周りは絶えず変化と浸食に蝕まれている。
それは時に自己を汚し、自分のテリトリー(領域)
を浸食していく。それでも私達の本能は変化とい
う新たな自分に魅せられ、それを期待していく。

人は形成されるものを破壊することを好む。
それは破壊する瞬間に美を感じ、恍惚感を得て、
欲望を満たす。しかし、その果てにある感情高ぶる
モノを本能の赴くままに追求していくこと、それが
人間本来の欲望なのではないか?
(植田崇祐)

今春、京都嵯峨芸術大学を卒業した植田崇祐による
Video Art【テリトリーの変化と浸食】を開催いた
します。

BAMI galleryにとっても初めてとなるVideo Artの
展覧です。なにか得体のしれない時代と言う魔物が
動きだした現代日本社会。その魔物は劇的な変化を
促し、そして望むと望まないに関わらず従来の感覚
を通り越したスピードで我々を浸食していく。

そんな時代の空気を身体一杯吸い込み噴出させたよ
うな表現で挑む植田崇祐のビデオアートを是非ご覧下さい。
(director 上山潤)

下記画像の下部のこのアイコンをクリックして
いただきますと拡大いたします。
↓ ↓ ↓



植田崇裕 Video Art 【テリトリーの変化と浸食】


こちらは作品制作のメイキングビデオです

↓ ↓ ↓



すべてが実験的な展覧ではありますが、、、
こうご期待ください!


BAMI galleryでの展覧会プレスリリースご希望の
場合は下記アドレスまで
↓ ↓ ↓
office@combine-art.com

twitterにても様々な発信・作家たちとの
コミュニケーション風景をご覧いただけます。
UEYAMAjunをフォローしましょう

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竜馬暗殺と原田芳雄さん
原田芳雄さんが亡くなった。

実に残念なことだ・・・・

原田さんで私が先ず頭に浮かぶのは、、

竜馬暗殺。

この映画は私にとってかなりの衝撃でした。

映画で実在の人物をどのように表現するのか?

誰もが知り、かなりの想像の幅を持った人物を
有る一人の役者が演じる・・・・・・・・

リアリズム。


この映画は映画全体もそうだが、、原田芳雄さんが
演じた竜馬、そこに実際の竜馬を観たような気がし
たのでした。


この映画で原田芳雄さんが演じた坂本竜馬を見れば、
その後いやそれ以前も含め竜馬役の役者は噴飯
ものでしかない。

それは、ジェームス・ディーン以降の不良青年の演出
・演技が、すべて彼の模倣であるというのに似ている。

ディーンは屈折した青年というテーマのエッセンスを
出演した3作の映画で全て確立したのだ。


原田芳雄さんの坂本竜馬も私は同じような感覚を持つ。

この映画はくだらない竜馬伝記映画とは確実に一線
を画す。

史実をてんこ盛りしたものとは違い、暗殺までの3日間
に時系列を集約し、あえて竜馬の偉業などを説明しない。

暗殺に怯える等身大の人間竜馬を見事に描ききっている。

そして”原田芳雄さんが竜馬を演じている”

という醒めた観察眼が一切出てこず、最後まで本物の
竜馬ドキュメンタリーを覗き見しているような感覚にさせ
てくれる。

そしてモノクロというストイックな画面が実にリアルな緊張感
を生み出し、匂いや埃っぽい乾いた空気を、胸が苦しくな
るくらい観る者に対して攻撃的に仕掛けてくる。

映画は1974年(昭和49年)の製作で、時代背景を考
えると学生運動との関係も濃密に読み取れる。

しかし映画の視点は、薩長連合等の回天偉業をドラマテ
ィックに演出したものではなく、大きな組織の思惑と陰謀の
狭間で身動きが取れなくなり、閉塞感と猜疑心からくる恐
怖、そして先行きに対するモチベーションを懸命に維持する
青年像を描き出している。


決してそれまでのカッコのいい竜馬像からするとかなり情け
ない人物像が浮き彫りにされている。


しかし史実をてんこ盛した伝記映画よりも緻密に竜馬研究
がなされ、おそらく何度も何度も脚本を検討したのではない
だろうか。実際、今では当たり前の説である薩摩暗殺説を
この時点でかなりリアルに描いているし、その伏線として京都
の商人に時代の権力の在処と商売の拡大を語らせ、密告
の暗部を示唆させている。


なによりも竜馬の存在は、一般には司馬遼太郎の小説に
代表されるような痛快な人物像が主流であるが、実際よく
よく考えると、大藩によって身分保証されているわけでもなく、
時代を動かす組織から見るとかなり”胡散臭い人物”であった
はずである。


アウトローだ。


そういう人間の立場を考えると、ある意味この映画が示す
竜馬像はかなり史実に近いのではないだろうか。


しかし映画の主旨はそんなものではない、この映画にとって
はあくまで映像構成上の要素の話でしかない。。


映画竜馬暗殺、未来から過去を見たのではなく、先行きの
不透明感の中でもがく現在を映像化した実にすばらしい
映画であり、30年以上たった今でも現在を表現している。


そして原田芳雄さんは


私の脳裏の中で今も躍動している。

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田村博文 STONE+SABI @CONVEX岡山
今週の土日は田村さんと


田村さんの作品”STONE+SABI”と共に


CONVEX岡山で開催されている


第34回伝統工芸展に伺いました。


COMBINEと伝統工芸展??


正直、違和感のある取り合わせと感じられるかも
しれませんが、私には別の考え方がありました。


確かにコンテンポラリーのアートフェア等では
無いわけで、その見え方や雰囲気もかなり相違
するというのは当然かもしれません。


しかし、本質を考えれば、


多くの方がお越しになる、そういう場所で
作品を見ていただく、このことに何の相違が
あろうか?


ましてや私も含め無名である我々のことを考えれば、
ありがたく頂いた機会は大事に精いっぱい頑張ると
いうのが筋だと私は考えました。


そして、”草莽崛起!!”


力あるものはどこからでも出てくるというのが
私の信念でもあります。






会場は高速の早島出口から山へ向かう・・

倉敷の中心地からも岡山からもかなり
離れた山中でした。





しかし

岡山はもちろん県北、鳥取、米子、広島、小豆島
高松、徳島・・・・

瀬戸内及び山陰方面からぞくぞくとお客様が大型バスに
乗ってやってこられます。

私たちは土曜日初日と日曜日の夕刻前までいたの
ですが、その間およそ3000人以上のお客様・・・





波のように押し寄せるお客様!



「なにこれ?樹??」

「なにするもん?」

「へぇ~かわってるねぇ??」






なにも想定されてなく突如作品と遭遇した
お客様の反応は面白い!

屈託なく話しかける
お客様に田村さんもタジタジでした・・







途中


瀬戸内の”ゴンベッサ”達が駆け付けてくれました!


インスタレーション作家であり備前焼作家でも
ある小橋順明くん!


彼の備前作品を見て感心する風を装う3人

※正面が小橋くん
※白いワイシャツにネクタイは私の大先輩
岡山の木野美術の木野さんです。。。。。




そしてバイト先から休憩時間に駆けつけてくれた
辻孝文君!

田村さん小橋君、辻君、、記念撮影




翌日には


岡山・牛窓から炭田紗季さんが仕事前に駆けつけて
くれました!


これら瀬戸内のゴンベッサたちは
以下から


小橋君ホームページ→ http://www.kcv.ne.jp/~atsumasa/
twitter→ http://twitter.com/kobashimasaaki


辻君ホームページ→ http://tsujitakafumi.com/
twitter→ http://twitter.com/tsujitakafumi

炭田さんFcebook→ http://ja-jp.facebook.com/people/Saki-Sumida/100001750453744
twitter→ http://twitter.com/sumida5



嬉しい事に、この地域で小さい拠点ではありますが
田村作品をご覧いただける場所ができました。


その件は改めてこのブログにて報告させて
いただきます。














▲TOP
田村博文STONE+SABI高松にて始まってます!
報告が少し遅れましたが



BAMI galleryで大好評だった
田村さんの展覧が巡回展として
先週の30日より高松にてスタート
いたしました。




田村博文 solo exhibition
STONE+SABI 原風景からの切り貼り
2011.06.30 (thu) - 2011.07.19 (tue)
at 高松天満屋5階アートギャラリー
http://www.tenmaya.co.jp/takamatsu/

〒760-8516
高松市常盤町1丁目3番地1
5階アートギャラリー 
TEL087-812-7549(担当 青野)
営業時間 10:00〜19:30



















また、、、、

現在高松天満屋5階アートギャラリーコーナーでは

松本央、釜匠、高松明日香、八木 佑介の作品を
コンテンポラリーコーナーとして展示しております。

是非こちらもよろしくお願いいたします。

【お問合せ先】
〒760-8516
高松市常盤町1丁目3番地1
5階アートギャラリー 
TEL087-812-7549(担当 青野)
営業時間 10:00〜19:30









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