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光琳へ 4
前回のブログで光琳・紅白梅図の複製品を作る

において3つの難点をまとめたのであるが、まず

大儀。

まぁこのように書くと大層なのであるが、これは
所謂現在NHK大河ドラマで連呼されている“義”という
ものほどの事ではない。

肝要なのは、近江商人が伝える“三方よし”という考え方
だと思う。

売り手よし、買い手よし、世間よし

そういう調和が取れているか?もしくはこの場合“取れるか?”

という点である。

この線から考えれば、問題は売り手という分類の中に複数の
関係者の関連が存在し、最終的にそれらを束ね美術館が納得
する状況を作り出す必要性であった。またそこで、美術館自体
が大儀をもてるだけの解釈を必要としていた。


私は運が良かった。

この数年前、、いや10年以上前では、絶対に美術館は“うん”とは
言わなかった。そんな必要性は美術館には、まったくなかった。


しかし、ここ数年、事情が激変していた。


入館者の激減。


これは全国どこの美術館も同様の悩みを抱えている。
基本的には公共の益であり、採算というものを後回し
に考えて運営されている場合が普通であった。


それは母体、国や地方自治体(税金)、企業や個人などがその
運営資金を捻出し、公共の益として存在させていたのであるが


その母体の経済的な弱体化がこれまでの採算を後回しにしても
という事情を覆しはじめていたのであった。


平明に言えば、、もうちょっと儲かるもしくは集客を上げなければ
公的な存在意義が無くなるという建前と支えきれないという本音

…と言うことであった。


この事情が実はものすごい追い風となった。
その中心的考えはリピーターよりも新たな客の開拓にあった。
そうなると一般に対しより接近した宣伝が必要となる。


複製品とは、本物の雰囲気を個人の手にという部分が本質
であるから一般に対するロイヤリティーは非常に高い。


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複製品を作る=儲けるではなく

複製品を作る=歴史上の逸品を個人でも楽しんでもらい

歴史上の逸品を個人でも楽しんでもらい=本物を見たい

本物を見たい=複製品が欲しかった


(ファンになる)

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というモチベーションを販売促進の核に据えたのであった。



これをあくまで集客導引の有効な手段であることを強調し、
パンフレット等に美術館の内容を広く喧伝し、再度興味を
もってもらう宣伝広告策の一貫である!ということを中核に据え
たのである。

本来、商品の優れたスペックを中心に謳うはずのものを、
優れた美術館と、日本美術史上比類のない優れた逸品を収蔵する
美術館という部分を厚く謳うようにコンセプトを組んだのである。


そんな単純な?と思われるかもしれないが、実は微妙なタイミング
が絡むのであるが、案外この方向性は有効であり、結果的には最後
まで崩れることはなかった。


あくまでタイミングがある。


実際我々の大儀の部分から考えても、本物と乖離したところでは
販売促進はできない。


やはりあくまで本物が如何に優れているか?それが年に一度
しか実物は見られない。しかし、それが本物ではないにしても、
その何分の1かの雰囲気をより多くの方に毎日楽しんでいただく。


こういうことの全ての根幹は美術館が心血注いで収蔵物を維持
しているからであり、その絶対的価値観の根幹である美術館が
複製品として認定してくれているという価値感のサイクルを生み
出さなくては高い次元の完成品とはならない。


本物=美術館=複製品という流れである。本物=複製品と直結
させる。


光琳が優れているだけでは弱いのであった。
これでは売り手よしということだけでしかない。


先ず大儀部分は以上のようなことを準備した。


次に技術部門であるが。

制作には大きく分けると二部門必要となる。

① 印刷
② 屏風製作(表具)

である。

この二つをコーディネートしなければならない。
しかもかなり高い技術水準を持ち、信用にたる
所でなければならない。


実は、私は過去の経験から高い技術という前に
信用=実績=ネームバリューというのがカギになると
睨んでいた。すべてのプレゼンテーションはある意味
相手の想像に頼る部分が存在する。極端に言えば印刷
も表具も正直、言葉でその優位性を謳ってもなかなか
理解できるものではない。それはやはり実際の仕事
を見て判断するしかないのである。この場合、


“じゃサンプル”


というものを用意したところで、想像に合致するサンプル
などはありえないから、結局用をなさない。実物見ないと
ナァ!と言われるのがオチである。屏風表具はまだしも多少
可能な部分があるが、印刷に関しては仕事が始まらないと
具体的技術水準は計りしれない。ある意味サンプルを作ると
なると印刷のコスト面から考えれば初期費用としては仕事が
GO!と同様の金銭支出となってしまう。それほど高い
コストを派生させてしまうのである。


それは無理な事情であった。それほど資金が潤沢ではない。


印刷会社が独自にアタックする場合は自社の開発費用となるが
あくまでこれは依頼であるから、そういう金銭の絡む協力は難
しい。


屏風も実は別の深い事情がある。
表具という世界は、ブランドのヒエラルキーが明確な
世界であり、どういう仕事をしているのか?という事がその
職人及び会社の実力と見なす部分がある。


要するに技術があって価格も安くというのが普通理にかなった
選択になるのであるが、ここでそれらは二番以降の要素となる。


第一にブランドが必要であった。


こういう仕事をしてきました。
知っていますお宅の会社。
美術館のプレステージに適う社名。


これらが納得させるもっとも必要な要件なのであった。


必ず制作会社のヒヤリングを行われる。


そのとき


どこ?それ?となると…


もともとどんな意識で制作をするつもりなの?
当美術館学芸部の認証水準を舐めてるの?となってしまう。


実際これが現実だと思う。


実際の仕事をどういった方法で、何処でやるかの問題ではない。
システムインテグレーション力を何処が発揮するかの問題なの
である。そしてそのブランド力の問題であった。


以上の事情をクリアできる会社を当たることにしたのであった。





つづく。

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