April 12,2009

4月7日(火)香川県高松市。
釜匠君と合流。
今回の要件は、3月にプレゼンをした釜匠個展企画が本年12月に決定したため先方関係者へのご挨拶と個展を開催する画廊スペースを視察するためであった。
そのために画廊の切り替え日(飾り替え)を選び、個展の作品飾りつけを
見てもらうことにしたのでした。
釜君にとっては我がCOMBINE運営のBAMI galleryに次ぐ2度目の個展
となるのであるが、今回の企画は百貨店の美術画廊ということであり、同じ
個展を開催するにもそこには大きな違いが発生する。
そのため、挨拶も大事な要件ではあるのだが、今回の同行の主眼は“スケール”及び“百貨店美術におけるオペレーション”の教授にあった。
先ずスケールについてであるが、スケールには大きくは二つ意味があり,
一つは実際の物理的容積、もう一つは百貨店の美術という独特の商空間の空気を感じてもらいたかったのである。

当然現在の作品点数や内容、前回のBAMI galleryで行った構成では、この企画は成立しないため、新たな作品を12月までの約8か月で描きおろしてもらわなくてはならず、そのための必要点数、それら点数から見る側に与える画廊空間での構成、そして、それらを包括するテーマ・内容を新鮮に構築する必要があるため、具体的に現場を見てもらい考え感じてもらう必要性を私は強く感じたため今回同行してもらったのでした。
百貨店の美術画廊は路面の画廊やギャラリーのように“その向き”の客のためにだけに存在していない。不特定多数に向け、興味ある人間もそうでない人間とも向き合わなくてはならない空間である。これは路上で歌うパフォーマーと同様の雰囲気がある。
ましてや無名となればその空気は疑うことなく冷たい。売れるものこそが正義であり、いくら評判が良かったといっても売れなければ、何の記録にも記憶にも残りはしない。当然路面の画廊もギャラリーも商売としての結果から得るものは同じなのであるが、圧倒的に訴求する人的な量と不特定多数という状況が比較にならない。
またもう一つの要件である百貨店のオペレーションの教授と確認についてですが
現在、百貨店は流通業界市況においてダウントレンドを描くカテゴリーとしてニュースになることが多いのであるが、美術品を扱う流通業としては国内では現状においても最大手であることは間違いない。冷静に考えていただければ分かるのであるが、どれほどの地方の小さな百貨店においても美術画廊を構えているところで美術品販売の年商が一億円を下るところはそうはない。
大抵、億商を行っている。
これは瞬間風速的な実績ではなく、恒常的な商況である。それから考えれば
最小として月額一千万円以上、週単位になれば250万円以上の商いが恒常的に発生するのである。(あくまで最小の平均的単位として仮定してでであるが)なぜこのような商い状況があるか?
これは百貨店美術独特の高回転オペレーションが存在するということと、そのオペレーションが具体化するだけの機会を創出するということです。
年間50本近い企画を開催し、その都度相応の額面実績を恒常的に残す。
これは路面の画廊やギャラリーでは到底ありえないオペレーションが存在するのと同時に、それだけの顧客を抱えているということである。
現在、現代美術のギャラリーや作家などは百貨店美術を馬鹿にする向きもあるようだが、現実的な販売実績から比較すれば、とてもではないが比較対照に成りえない差が存在する。確かに“出し物”に少し時代的に過渡なる状況があることは、私も客観的に見て感じる部分はある。逆に言えば百貨店にあまり先鋭的冒険内容は必要ないし、それは現状として留保している恒常的売上を瑕疵しかねない状況を創出する可能性があるため、先鋭的な取り組みはあえて未踏としている。
まぁ有体に言えば、皆に認知がとれたもの需要の膨らみがMAXを迎えようとしているものを底引き網のように捕獲するほうが効率的であり、百貨店という公器的性格から考えればマイノリティー的嗜好に重心を移せないという部分もある。
また具体的にコストパフォーマンスを考えても実質的にまだそこまで先鋭的である現在の現代アートは成熟していない(商売・流通において)という判断にもなる。
だからといって百貨店美術は古臭い?という判断や先入観は大きな間違いである。商売のシステム及びマネジメントは実に精巧に完成されたものが存在し、それだけの仕組みを維持する販売精度とターゲット・マーケットを管理しているのは紛れもない事実であり、大きく作家を訴求するという意味においては、コレクターという狭小なアナウンス部分を大きく広く超えるポテンシャルを兼ね備えている。
これらのマネジメントを百貨店美術は複数人によりオペレーションしている。
それは明確に職務分掌し、販売に精通するスタッフ、企画を練るスタッフ、販売促進策を構築するスタッフ、そして百貨店と取引する作家作品を持ち込む業者、その業者の販売専門員等、様々な人間が動き、チームとして一つの個展を成功に導く。そこにはそれぞれの人件費から様々なコストが吸収できるような計画が算定され実行に移されるのである。
今回、釜君に見て欲しかったものもこの部分なのであった。
釜君という作家は、今はまだ無名である。若輩。そして百貨店の出し物からすれば少し奇態であることは間違いない。
それは何を意味するか?
“売りにくい”“冒険的”であるということだ。そこに百貨店側も我々も挑戦するということ、そこには自分以外のスタッフが有形無形でどれほど関わって個展が開催されるかという基本的なものを感じて欲しかったのです。
作家は絵を描くことが仕事です。しかしそれがお客様の手に渡るまでには相当の人間が関わり、金銭を使い、時間を使い、汗を流すかということを理解せずして、これを無視したところで作家の仕事が補完する事などは決して存在しない。
そういう意味で百貨店での仕事とは作品が売れていくフローが明確に見えるプロモーションだと感じるのです。
釜君も今回、その緊張感を理解してくれたようでした。
何度も何度も資料としてカメラ・ビデオで画廊空間を撮影し、何度も画廊の中を歩き、その大きさを計っていました。

そして彼の眼を見ると
星飛雄馬のごとく“炎”がメラメラと眼球に浮かんでいました!!
プロモーションには様々な形が存在する。どれが正しいのか私にも正直分からない。オークションや雑誌の広告、海外のアートフェアやそれ以外にも様々存在する。華やかものもあれば地味なものも存在するし、地域的な格差もあるだろう。
しかし私が出来ることは、やはりCOMBINEの作家とその個性を密に理解し、具体的に二人三脚で歩むということ以外ないのと、実際のお客様を一人一人作り出していくということしかない。
それには百貨店だけではもちろんダメであるし、我々のギャラリーだけでもダメである。いろんな事をしていかなくてはならないが、基本はどの環境においても一緒だと考えるのです。
作家を中心としたチーム。
作家はF1のパイロットであり、我々はピットクルーだと思うのです。
過酷なサーキットでのレースで“ハイパフォーマンス”を出してもらう、
この結果を導くために精魂込める、これが我々の真の仕事であり使命だと思います。
今はまだ弱小チームではありますが・・・
こんな我々を信頼して出走してくれる釜君!

我々は精一杯頑張らなくてはならない!
釜君の本年12月の出走
彼もドキドキだろうが、我々もドキドキである。
しかし、この緊張感がたまらなく好きだし
私は、やめられない。。
