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青という色。
青を見ると私達の心は鎮まる。
青は空の色、海の色。光の散乱により、全ての風景も青みを帯びる。青は日中、私達が最も手に入れやすい色だ。
人間には緻密に巧妙な機能が備わっている。対して、私達に興奮を与える色は赤や橙色。それは火の色であり、夜の色だった。数を減らさないため、そして数を増やすため、目を覚ます興奮作用が夜には必要だった。動物としての本能が夜には必要だった。
人間は何万年とかけて環境に適応してきた。地球は絶対に変えられない物だと前提して、それぞれに適した反応を得られるようになった。

ふと空を見上げる。
そこには、頭上を覆う絡み合った電線と、切り取られた空があった。
地の上を這い回り生きる私達は、手足をばたつかせ藻掻く。水泳の息継ぎのように空を見上げる。そこにあった、いびつな形の空は、なおも深く大きく、引き込まれるような青を、私は茫然と見ていた。
そんな景色を描こうと思った。





crawl
板・墨・岩絵具
H60.3×W35×D1(cm)

4展、開催中です。
ぜひご高覧ください。

4展 Shiten Thema【ごみ】
2016.04.10 (sun) - 2016.04.22 (fri)
12:00-18:00
期間中無休



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小さな頃、眠れないことが恐かった。夜は私の知らない時間だった。罪悪感と緊張から私はますます眠れなくなった。父は眠くなるまで一緒にテレビを見てくれた。

定期テスト、暗くした部屋で勉強机に座る。0時、1時、2時、知らない時間へ踏み込んでいく微かな興奮があった。ふと気付くと辺りから音が消えている。窓の外の空気は冷たく凪いでいる。目覚めているのは私だけ。誰にも邪魔をされない、独り占めの夜。3時半頃に新聞配達の音が聞こえてくる。

深夜、私は無人の街を取材する。
魔の潜む丑三つ時、深い闇の中、蠢く何かを私達は想像する。誰もいない午前二時、私は明るく街を照らす光の奥にある都市文明へ思いを巡らす。
彼方、地球上の何時何処へでもこの光景は均一に繋がっていく。一人、光と対峙する。途方もなく巨大な、人類という種の特性に適するよう築かれた人工環境。緻密に張り巡らされた道路網に沿い、当ても無く漂う。
ふと現れる文明の姿。普通の道路、普通の家、普通の標識、この時代の形がそこにある。都市は新陳代謝を繰り返していく。

広島県、福山市の深夜を歩いた。新幹線の線路の近く、小さな路地に入ると古いビルが並び、LEDの街頭が鋭く光を放っていた。新陳代謝の速度は都市によって違う。都市の変貌の歴史を垣間見る。

9月30日(水)より福山天満屋にて個展を開催いただきます。
どうぞご高覧ください。

八木佑介 日本画展 午前二時
福山天満屋
9月30日(水)から10月5日(月)
10時~19時 最終日は17時まで。
全日在廊しています。




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展覧会について
明日7月9日(木)から、あべのハルカス近鉄本店11階アートギャラリーにて個展を開催いただきます。

八木佑介日本画展「午前二時」
7月9日(木)~15日(水)
10:00-20:00(最終日は17:00まで)
あべのハルカス近鉄本店 タワー館11階アートギャラリー

十数点の新作を展示します。
全日、在廊予定です。
是非お越しください。

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「宇宙人の親子が動物園にやってきました。その中で宇宙人たちを最も驚かせた動物は、色々とりどり、大小様々のある動物でした。その動物は何だったでしょうか?」

小さな頃に読んだなぞなぞの本。その中で今も、この問題だけは覚えている。

答えは「人間」だった。

「人間」という種を見る、地球外からの地球への視点。私はそれに気が付いた。


その場所に居ながらも、その場所を俯瞰する。距離を置いた、客体の視線。
思えば、ずっとそうやって世界を見ている。
私の今いる場所、身近な外界を眺める。私という一人の人間が生きた、その感覚を留めていく。
観測するようにして見えたそれは地球上に広がった私達人類の巣だ。

都市という、人間が生きるために造り上げられた人工環境。文明は巨大に、高度にこの世界を埋め尽くしていく。
加速膨張し続ける宇宙の果てを思うように、私はふと拡がり続ける文明の巨大さに眩む。
この地球上での人類の振る舞いはあまりにも異質だ。
私達はどこに向かうのか。
人類が築き上げたこの地点を記録する。描き起こす。留めていく。
この時代、人類の巣はこうであったのだ。


個展「巣 nest」第二部は3月14日(土)までです。
どうぞご高覧下さい。




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着火点
高校生の時、私はロックが好きだった。毎晩ラジオを聴き、毎週TSUTAYAでCDを借りていた。
彼等は叫んでいた。友達も少なく勉強も運動も不得意だった私にとって、そんな彼等がたまらなくかっこ良かった。

「ロックとは」と、ある人はこう定義付ける。
ロックとは若いが故の強さと、若いが故の悲しさだ、と。

私達はどうしようもない。
どうしようもなく生き辛い、どうしようもなく上手くいかない、悲しみ、怒り、不安、孤独。若さは全てに無防備でいる。彼等はだから叫ぶのだ。もがき苦しむ日々の中から、世界に抗い、反し、問う。
そんな風に私は泥のような人生の中をのたうちまわりながらゴミのように死んでいくのかもしれない。
ただ、放つ叫びが、全てを肯定するだろう。伝えんとする意志の起こり、それが芸術の着火点だ。
この場所から始まる。


ふと深夜、海外のスポーツ中継に見入った。
彼等はただ、打球を強く打ち返し続ける。
彼等はそれを仕事としている。
その事へ仕え、その為に生きている。
だから、人間の持つ力の限界へと近づいていくことができる。
彼等のそんな姿に見入る。

絵描きとは生き様だ、と教わった。

いつしか若さが過ぎ去ろうとも私は懸命に生きていきたい。
強さと悲しさを抱え、どうしようもないままに生きていきたい。
そうやって、叫ぶのだ。
それが本当であるべきだ。

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