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2017.10.10 宮本大地「時屋敷-ロボットの旅-」
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エトリケンジ solo exhibition
pico(ピコ)
2011.09.29 (thu) - 2011.10.24 (mon)
gallery close 10/3・8・9・10・14・15・16・23
open 12:00~18:00
現在、この展覧会は終了しています。
ピコ(pico, 記号:p)とは国際単位系(SI)における、小ささを表わす単位の倍量・分量 であり、漢字文化圏においては【漠(ばく)】と表記される単位である。

その単位は現代社会の中で頻繁に現れる分子や原子を扱う際の主な単位・ナノ(nano) よりも小さく現代社会では認識外にある単位であるとも考えられる。又漢字文化圏に おいて【漠(ばく)】という文字をこの単位に相当させているが、漠と言う字自体が 現在持つ意味とは「果てし無く広々としている様」「取り留めがなくはっきりしない 様」ということであると考えられます。極小な単位を表現するはずの文字が広大無辺 な様を意味として持つ。そこには大小同義の仏教的な思想を読む事もできます。

エトリケンジが【pico】という字に込めて表現する、小さなバニシングフィギュアーとは 極小の世界が持つ人間の知覚・認識外にある広大無辺な感覚を表現すると同時に、科学技 術が運動する現代社会の象徴的極小単位【nano】を少し超えた所にあるまだ見ぬ新たな 世界観=現代を前進させる何かを象徴しているとも言えます。

(director 上山潤)
植田崇裕
Video Art 【テリトリーの変化と浸食】
2011.08.29 (mon) - 2011.09.20 (tue)
gallery close 9/4・10・11・17・18
open 11:00~18:00

現在、この展覧会は終了しています。
【展覧会ステートメント】
 

私達の周りは絶えず変化と浸食に蝕まれている。
それは時に自己を汚し、自分のテリトリー(領域)を浸食していく。
それでも私達の本能は変化という新たな自分に魅せられ、それを期待していく。
人は形成されるものを破壊することを好む。
それは破壊する瞬間に美を感じ、恍惚感を得て、欲望を満たす。
しかし、その果てにある感情高ぶるモノを本能の赴くままに追求していくこと、
それが人間本来の欲望なのではないか?

(植田崇祐)

今春、京都嵯峨芸術大学を卒業した植田崇祐による
Video Art【テリトリーの変化と浸食】を開催いたします。
BAMI galleryにとっても初めてとなるVideo Artの展覧です。
なにか得体のしれない時代と言う魔物が動きだした現代日本社会。
その魔物は劇的な変化を促し、そして望むと望まないに関わらず
従来の感覚を通り越したスピードで我々を浸食していく。
そんな時代の空気を身体一杯吸い込み噴出させたような表現で挑む
植田崇祐のビデオアートを是非ご覧下さい。

(director 上山潤)

COMBINE SELECTION
2011.08.03 (wed) - 2011.08.24 (wed)
gallery close 8/6・7・9・10・11・13~18・20・21
open 11:00~18:00

現在、この展覧会は終了しています。
COMBINEアーティストたちの作品をセレクトして展示いたします。

 ・阿部瑞樹
 ・奥野正人
 ・kappachicken
 ・釜 匠
 ・田村博文
 ・永吉友紀
 ・松本 央
 ・エトリケンジ

松本央 solo exhibition
【Beast Attack!】
2011.06.01 (wed) - 2011.07.29 (fri)

gallery close 6/4・5・11・12・18・19・21・25・26・7/3・9・10・15~21・24
open 11:00~18:00

現在、この展覧会は終了しています。
【展覧会ステートメント】


科学技術やITなどのテクノロジーの進歩によって、高度に発展を遂げた情報化社会を築いた現代。我々はその成果として物質的に豊かで快適な生活を送り、個人の権利と自由を手に入れた。

だが、それは同時に個人の欲望を解放し、拡大させることにも繋がった。

資本主義、市場原理主義にのっとった自由競争による経済発展は、少数の富裕層と多数の貧困層からなる格差社会を生み出した。

人々は再び、自然淘汰、適者生存による弱肉強食のサバイバル世界を自らの手で作り出したのだ。

我々は、この肥大した経済システムを維持すべく、メディアを通して大量の情報を流し、人々の欲望を刺激し、人々に消費を推奨する。

また快適、簡便さを追求した現代社会では人々が欲望を満たすまでの時間も短縮され、肉体的な負荷も少なく手軽に満たすことが可能となった。

その進行は都市の発展、日々のテクノロジーの進歩の速度に比例し加速の一途をたどっている。

その結果、欲望を満していくことが常態化し、欲望の肥大化とその制御についての感覚が麻痺し、反射的に自らの欲望を満たし続けている。

自らの欲望をむき出しにし、それを貪る様は、さながら野獣そのものである。 自己の欲望の無条件の肯定、その行き着く先には一体何が見えるのだろうか。(松本央)


【作品コンセプト】


-人間の欲望の果て、あるいは生命体の本質-


人間を始めとした生物本来の持つ、利己主義的側面や、自らの欲求のままに欲望を満たしている姿を強調、あるいは誇張し、過剰に描きだす。

その描き出された人物郡は、弱肉強食の世界に生きる獣のように自己の欲望を満たすことをためらわない。しかも、その肥大していく欲望により自然環境を破壊し、他の生物と共存することも難しいという意味において野生の獣以下である。

もはや我々の知る人間ではなく新しい種類の生物であるという意味でBeast(野獣)と呼ぶ。

ただ、欲望を満たすことを悪として片づけるのではなく、生物の生存本能として利己的な部分や欲求を満たすため手段を選ばないことがあることも理解し納得したうえで、自らの欲望を追求していくことや、追及していった末に何が残るのか、生きるということとはどういうことなのか、一生命体としての人間の姿に迫っていきたいと考えている。( 松本央)
田村博文 solo exhibition
STONE+SABI 原風景からの切り貼り
2011.04.27 (wed) - 2011.05.31 (tue)
gallery close 4/29・30・5/1・3・4・5・8・14・15・22・29
open 11:00~18:00

現在、この展覧会は終了しています。
広い河原。

辺り一面を占める石・石・石。

時を忘れて無心で遊ぶ。

積み上げたり、崩したり、並べたり並び変えたり。

すべりそうな石があれば助けてやる。

お気に入りの小石は大切にポケットへ。

先人は樹・石・金属と時をかけて、その利用すべき術を手に入れた。


私はまだ樹で石を削り出し続けている。


樹は削り出すことでその樹が所有した時間を 剥き出しにされる。

有機物としての樹、それと対峙する側にある 石や金属


私はまだ樹で石を削り出し続けている。


樹で石をつくり、その石にメタリックな表皮を装着する。

時と共にSABIがで出る。

原風景に存在するか否か不確かな時間。

樹が所有した時間。

そして今、樹から磨き出した石に施したメタリックなフィルターと

それから発生するSABIと時間を共有する。


私はまだ樹で石を削り出し続けている。