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松井良彦監督が来てくださいました。
昨日、



正午を少し回った位に



アシスタント石本の昼食交替で
ギャラリーに一人いたのであるが・・



不覚にも、、カウンター内で、、



つい、ウトウト、コックリコックリ・・



してしまいかけたその時、、”フッ”と人の気配が
したので慌てて眼を開けると、、、、、、、、




大柄な眼光の鋭い紳士が・・




あっ、、と慌てて




「い、、いらっしゃいませ!」



少し焦ったせいもあり、いつもよりも妙な
素っ頓狂な声が出てしまった・・・・




「こんにちは」




紳士は少し微笑んでギャラリー内のエトリさん
の作品空間へ、、、、、、




しまったぁ~・・・・寝てたんバレたかなぁ



とカウンターから出て、恐る恐る紳士の様子を
眺めていると・・・・




紳士の方から




「エトリさんは今日は?」



「はい、もう来られるのですが、お知り合いの方ですか?」



「はい。案内をいただきまして。」



「連絡いたします、失礼ですが・・・」



「松井と申します。」




ま・つ・い???+この顔???・・・・・



☆!!!!!



電光が走った!!!!!




「す、すいません、、ひょ、、ひょっとして映画の・・・」




「あ、そうですが・・」



・・・・・・・・




そうなのです、



この眼光鋭い大柄の紳士の正体は



映画監督の松井良彦さんだったのです。







松井監督とは

公式ホームページを
http://www.aa.alpha-net.ne.jp/cineymbwご覧いただければ
分かりますが・・



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公式ホームページ・プロフィール転載


処女作 「錆びた缶空」(1979)は、石井聰亙氏(映画監督)
が撮影を担当するが、当時の石井のスピーディーなロックン
ロール・ムーヴィーとは異質な、重く切ない作品として仕上
がる。

ホモセクシュアルの三角関係を描いた本作は、ぴあ誌主催の
オフシアター・フィルム・フェスティヴァル(現・PFF)に
入賞をし、一部に熱狂的なファンを持つ、いわば“カルト・
ムーヴィー”の草分け的存在である。

第二作「豚鶏心中」(81)は、在日韓国人の男女の愛と、
差別による別れを鮮烈に描いた。公開は、前作「錆びた缶空」
で再会をした故・寺山修司氏の天井桟敷館で長期ロードショ
ーを果たした。撮影は、原一男氏。

第三作「追悼のざわめき」(88)は、脚本を読んだ故・寺山
修司氏に「映画になったら事件だね」と言われるが、松井は
強引にクランク・インをくだした。

やはりロケ場所やキャスティング
が難航をし、翌年夏にまで撮影を繰り越すが、1988年5月、
今は無き中野武蔵野ホール(2004年5月8日閉館)にてロード
ショーを開始。同館開設以来の観客動員記録を打ち出した。


不運なことは、数ヶ国の映画祭に出品が決定していたにもか
かわらず、そのすべてで上映禁止となった。しかし、10年後
の1998年、ドイツやデンマーク、ノルウェイの7都市で上映
をされ、好評を博した。独立プロ映画としては珍しく、他の
作品とともにすべて収益を上げている。


2007年には、映画「追悼のざわめき ~デジタルリマスター
版~」を完成させ、再度の全国公開を果たし、また、ドイツ
での再上映をはじめ香港、オーストラリアでも上映をされ、
さらに現在も海外からの上映依頼を受けつづけている。


第四作 「どこに行くの?」(2007)は、2008年第30回モス
クワ国際映画祭正式招待作品(パースペクティブ・コンペテ
ィション部門)に決まる。その後、ドイツでも上映をされた。


 そして、現在、松井は、新作映画の脚本を執筆中である。

                      ∞

 日本映画監督協会会員
 日本アカデミー賞協会会員


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“カルト・ムーヴィー”の草分け。


 日本のカルト・ムーヴィーの重鎮。



第四作 「どこに行くの?」(2007)は国際的評価も高く
現在DVDも発売されています。

↓ ↓ ↓ ↓ ↓

「どこに行くの?」



エトリさんとは数年前からのお知り合い



数年前に行われたエトリさんの個展を見に来られた
のがきっかけとなったようで、今回も律儀に来廊いただい
たのでした。



エトリさんも松井監督、監督の作品をリスペクトされており
第四作「どこに行くの?」(2007)の公開初日に駆けつけ



その事を、、監督が




「僕の作品の公開初日に彼は来てくれてね!」
 



と、にこやかにお話ししてくださいました。




松井監督は




凄く腰が低く、、、
ユーモアたっぷりの紳士でしたが、、、、
出てくるオーラは・・・すごいものがありました。。。




松井監督、昨日は誠にありがとうございました。







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ウィッキペディア転載


松井良彦
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
松井良彦(まついよしひこ、男性、1956年5月6日 - )は、
日本の映画監督。



兵庫県西宮市生まれ。中学時代に『田園に死す』を観たこ
とがきっかけで寺山修司と知り合う。


1975年、石井聰亙とともに映画制作集団「狂映舎」の設立
に参加。


石井聰亙監督作品である『高校大パニック』や『狂い咲き
サンダーロード』などに助監督や編集助手として参加する。


1979年に初監督作品『錆びた缶空』を発表。ホモセクシャ
ルの三画関係を描いた作品で、石井聰亙が撮影を担当、後
に「ピンク四天王」と呼ばれる佐野和宏が主演した。


この作品はぴあ主催のオフシアター・フィルム・フェステ
ィバル(現在のPFF)で入賞を果たす。


この時の審査員が寺山修司で、その後再会を果たした寺山
修司に師事する。


1981年には『豚鶏心中』を発表。この作品では『ゆきゆきて、
神軍』を監督した原一男が撮影を担当している。映画の内容
上、一般の映画館での上映が難しかったが、寺山修司の好意
により天井桟敷館で長期ロードショー公開された。



1988年に『追悼のざわめき』を発表。製作は困難を極め、
1983年のクランクインから5年という長い年月を経ての公開
となった。


ちなみに松井の最大の理解者であった寺山修司は『追悼の
ざわめき』クランクインの時期に他界している。


寺山は松井が書いた『追悼のざわめき』の脚本を読み
「やっと映画がわかってきたよね」と松井を認める発言を
したという。


中野武蔵野ホール(2004年5月8日閉館)で公開され、同館
開設以来の観客動員数を打ち出す。


その内容の過激さから、1985年のトリノ国際映画祭に出品
を予定されながらイタリア税関でストップされるなど、
数カ国の映画祭に出品が決まっていたにもかかわらず、
その全てで上映が禁止となるという事件が起きた(試写を
担当した映写技師が嘔吐するということまで起きたという)。


日本のアンダーグランド・シネマの頂点とも言われる同作品
は一部から熱狂的な支持を受け、現在まで繰り返し上映され
ている。


2007年12月21日にはついにDVDが発売。


2009年には海外/ドイツ語圏(ドイツ、スイス、オーストリア)
での発売が予定されている。


DVDに収められているデジタルリマスター版ではラストの音楽
が桜田淳子の「わたしの青い鳥」から上田現が書き下ろした
「追悼のざわめき」に変更となっている。


上田現は本作に熱烈な共感を寄せていたため、オリジナル曲
の提供となった。


2007年『どこに行くの?』(主演柏原収史)を22年ぶりに監督。
そして第30回モスクワ国際映画祭正式招待作品/パースペクテ
ィブ・コンペティション部門にノミネートされる。日本公開は
2008年3月。


日本カルトムービーの重鎮として『鬼畜大宴会』監督の熊切
和嘉など一部若手映画監督からの信頼が厚い。




その過激な作品からは想像できないほど普通のおじさんであり、
サッカーをこよなく愛している。



天気予報を見るのが好きとのこと。




台風が来るとワクワクして外出してしまうらしい。




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