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妖怪人間と日本社会
昔「妖怪人間ベム」というアニメが
あった。

普段は人間の容貌だが事情により
妖怪に変身する。人間の容貌時に
唯一妖怪的な要素は指が三本と
いう点だ。


妖怪だがあくまで正義の味方という設定
で何とも言えない寂寥感漂う雰囲気が
あった。


昔のアニメのダイジェスト版特集がよくテレ
ビの1時間半企画であり、妖怪人間ベム
もたまに出てくるが、大抵のコメンテイター
役のタレントが触れることが無い。


しかし私たち世代にはキョーレツなインパ
クトがあり、私などは“名作”だと今でも思
っている。


世の中のブームになった訳ではないが、
確実に私たち世代の脳裏には残ってい
るはずだ。


しかし友達同士の懐かしい会話のテー
マになることは希なアニメでもある。


ジャズテーストのビートにのった主題歌、
“早く人間になりたい”という分かりやすい
台詞、どこかヨーロッパの陰鬱な風景、
全く明るさのない、そして明日に向かって
の活力を感じないテーマどれをとっても
ビターな大人テイストであった。


子供がおおっぴらにファンというのが憚ら
れるタイプのアニメであった。しかし確実
に子供向けアニメであり、制作側の
アバンギャルドな感性に感動する。


そしてこの手のファンによるインターネット
のサイトを見ると間違いなく“おどろおど
ろしい”雰囲気が漂っている。


私は小さい頃よくアニメを見たが、どうも
ディティールに異常にこだわりを示す子
供であった。


この妖怪人間もそうだが、科学者に
よって造られた妖怪がいろんな事件
を解決していくのが大筋であるが、
私の興味は別にあった。


大抵ストーリーの展開はベム・ベラ・
べロの待ち合わせからスタートする
のだが、かならずベロが待ち合わせ
場所に早くつき待っている間に事件
に巻き込まれる。


なぜか、巻き込まれる・・



昔のアニメにはありがちなのだが


ストーリー展開に大抵強引なとこ
ろがあり、、


妖怪・・人間の格好をした・・
者達が、、待ち合わせという
ことは、常にフラフラと、、、


そう考えると


私は“こいつらは一体待ち合わせまで
どこで何をしているのだろう?


とか、働きもせずどうやって飯食っ
てるんだろう?とか決まって事件に
巻き込まれるベロをどうして単独行
動させるのか、一緒にいればいいの
にとか”とにかくストーリーと違う
部分に異常な興味があった。


それは他のアニメでもそういう見方を
毎回していた。デビルマンが変身する
とき服がビリビリに破れるのだが、毎回
同じ服を着ているのは同じところで買
うんだろうか?


その場合毎回買うのにどういう理由
を言っているんだろう?


店の人は不思議がらないんだろうか?


そして地球を守るために変身し服を
破るのだがその経費は自腹なんだなぁー
とかどうでも良いことをとにかくキョーミを
持って見ていた。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



妖怪人間の制作側の意図は、差別
や偏見そして社会に対して報われない
奉仕というような事がコンセプトにあっ
たみたいだ。


たしかに毎回人間の知らないところで
事件を解決し報われていなかった。


いつの日か人間になるために偏見や
差別から身を守り、黙々と社会のた
めに正義を貫くというストーリーであり、


確かに崇高なコンセプトが見えるのだが、、、


あまりのキャラクターの特異性が・・・
そのコンセプトを曇らせ、少し負けてい
るきらいもあった。


・・・・・・・・・・・・


しかし最終回は涙涙の展開で、よう
やく人間になる術を見つけるのだが、
その方法は人間の魂を自分たちと入
れ替えるという一人の人間を殺してし
まわなければ達成出来ない方法であ
った。


その時、リーダーのベムは人間になること
を諦める。


そして自分たちがいなくなった時、世の
中の正義は誰が守るのかを考え妖怪
人間でいることを決断するのである。


しかし人間にその存在を知られた彼
らは、隠れていた屋敷ごと焼かれて
しまう。


焼かれた屋敷跡にはベロの靴とベムの
帽子が残っていて死んだのか生きている
のか分からないエンディングだった。



私は子供心に“うーん最後まで報わ
れていない!


誰も救わない?


冤罪じゃないのか?


なんともやるせない・・


という勧善懲悪ではないエンディング
に何故か感動した・・・



、、、、、、、、、、




今の日本で



こういうアニメというのは



どういう捉え方になるのか?



おそらく



こんな視点からは



決して作らないだろうナァ


と、、、




なんとなく今改めて




フッと思ったのでした・・・

▲TOP
時と時を縫い合わせるモノ
鬱陶しい雨続き


梅雨だから仕方がないのだが
何が嫌かと言えば、、、、、


服が濡れること、これが一番
嫌いである。。


という今日も大雨。


京阪電車を降りて地下から地上へ
毎日見ている風景で変わることは
ないのだが、今日は少し違った。。



鴨川が”怒ってる”かのように、
恐ろしい勢いで濁流が・・・・







雨の日の鴨川は何度か見ているが
今日の鴨川のような雰囲気はあまり
見たことがない。





ご存知の方も多いと思いますが、鴨川
は両脇に石垣のようなものがあり普段
はその石垣の真ん中を静かに流れてい
て情緒あふれる風情が楽しめるのです
が、今日の鴨川はその石垣まで水が
増水し尚且つものすごい勢いで流れて
おり少し恐ろしさを感じさせていました。





私は誰に見せることもなく結構、仕事の
行き帰りに携帯のカメラで鴨川を撮って
いるのですが、今日は思わず傘で濡れ
ないよう保護しながら必死にシャッターを
切った・・・・





昔、そう明治より前、鴨川は”暴れ川”
だったと聞いたことがある。





時の為政者が護岸や川の流れなどを
改修してきたらしいのだが、それにもまして
の暴れぶり、、だったと聞き及ぶ。





確かに、鴨川から100m強ほど西側の
通りが現在”河原町”という呼び名になっ
いるが、おそらくその辺りまでが往時は
河原だったのかなぁ?などと想像する・・





今日のあの川の流れだったら当時は本当に
大変だったろうなぁ~と思いを馳せた。。





私は基本的に京都で仕事をし、京都で生活
をしているのだが、特別この街に対しての感賞
は持っていない。


しかし、鴨川だけは何故か特別な思い入れ
というのか好きなのである・・・


それには大きく二つの理由がある。


一つは街区を流れる川でこれほど四季の風情
に富んだものは他にはないという事が一点、









もう一点は、色々な史跡が京都にはあるが、
特別誰々がという固定的な強烈な縁がないにし
ても、間違いなく1000年前もこの場所を流れて
いたという歴史との交信がとり易い場所である
という事。








付け加えていうならば、ある意味川の流れが古
からの時間の流れを映し出しているようなそん
な感覚に浸れる場所だと言うことである。







今日の大雨、濁流というような風景は、意外と
歴史の彼方、、古の人たちの苦労を想像させ
かなりクリアーな交信ができる瞬間なのであった。







歴史、時の流れで言えばもう一つ付け加える
要素がある。


それはこの川の河原が昔”刑場”であり、
晒し首の場所であったという事である。


それも普通の罪人の刑場という事ではなく
歴史の戦いのなかで敗れ去ったもの達の
此岸であり、彼岸への門戸であったという
事である。この事も少なからず歴史との
交信上、この河原が媒体となる要素なので
あった。。





※これらの写真は鴨川河原ではありませんが、
幕末の資料写真です・・



様々な歴史が京都は重層的に積み重なって
日本中の方々がこの街に対し色んな浪漫を
感じてお越し下さる。



我々のギャラリーもこの街にあり、日々少しづつ
ではあるが時を重ねている・・・・





日々、鴨川の流れを見ていて感じるのは、、、



この街に流れ


時と時を縫い合わせる糸のように、



止まることのないその姿に



我々は何を縫い合わせて行こうとしているのか?







と改めて考えさせられるのであった・・・・

▲TOP
パワードスーツ
暑かったり、、そうでも無かったり・・



どうも過ごし難さが年々増しているように
感じるのは私だけであろうか・・・・



何と言うのか確実に言える事は



昔も夏は暑かった、、しかし、明らかに
今のようなオカシナ感じではなかったと
思う。



灼熱地獄という程ではないにしても



今日のニュースを見ているとニューヨーク
も北京も相当な暑さで40℃前後・・・



・・・40℃って高熱やん・・・・



この気温も年々上がっているように感じる。



地球温暖化に関しては学者によって捉え方
が様々で正確な事は分からないと聞く。。



ある学者に言わせれば温暖化などは寒冷化
に比べると何の問題もない・・・と、古今
恐竜の太古から冷害という現象による危機的
状況はあっても、温害などというものはない!


という、、なんとなくの説得力50%の説も
ある・・・・


いずれにしても年々暑くなり、過ごし難い
肉体的なストレスが堪る環境に加速度的に
突き進んでいる事だけは事実で、このまま
仮に突き進めば、数年後には夏場、外に出
られないような事になるんじゃないだろう
か????と考えてしまう・・



その時、、



そんな灼熱地獄に耐えられるように人間は
進化や突然変異していけるのか?いや、仮
に進化や突然変異が規定のDNAとしてあ
っても、この人為的な破滅現象のスピード
には到底追いつかない。。だろうなぁ・・・



と悲観的になる。。



と、ため息をついたが、実際、外は灼熱地
獄で身体を蝕み、身体の内側からはドンド
ン生活習慣による悪因で蝕まれていく。。



『もぉどするのぉ!!僕達!である。。』



人間は進化しているのか?退化しているの
か?



以前、ニッサンのデュアリスという車の
CMを見ていて、関心した。





モチーフがパワードスーツであった。
所謂、車がロボットに変身するのであるが、
数年後、人間はこういったロボット、パワ
ードスーツを間違いなく着ることになるん
だろうなぁ?などとその時感じた。。



この灼熱地獄の環境で外を生身の皮膚を晒
しては歩けまい?そうなると必ず防護的な
服装の必要性が出てくるだろうし、ただ着
ただけではより熱くなるから、内部に冷却
装置が必ず内臓されるだろう。



その時点で完全に人間のロボット化が始る・・



今、パワードスーツとまでいかないにしても、
それに近いプロトタイプが有名メーカーから
出てきている。




例えば愛知万博でトヨタが出展したロボット
などは自らが運転し自立歩行するタイプであり、
人間の肉体の一部という意味では少し離れるか
もしれないが、それにしてもほぼパワードスー
ツの概念を兼ね備えている。







また肉体の部分的補強では松下が開発している
ものが、かなりの実用段階まで来ていると聞く。







これは肉体が衰え筋力が低下した、もしくは何
らかの事情で障害をもってしまった人の筋力や
機能を助力するパーツである。



例えば極端な話、500g程度の重さのものが
持ち上げられない人が、このパーツを身につけ
ると、軽々と持ち上げる事ができ、そして自分
の意志を伝える機能までも兼ね備えているらし
いのだ。



仮に右手につけて左手でボタンを押すなどとい
う作業はいらない。要するにほぼ自分の肉体と
して機能するのである。



これはかなり画期的であり、劇的に社会生活が
変わる兆しを感じる。







これが身体全体を覆うくらいに進化すれば、こ
れはもう間違いなくパワードスーツになり、ロ
ボットに生活を手伝わせるという概念から、ロ
ボットを着て生活を送るという概念へ変化する
んじゃないだろうか??



実際ロボットの実用性を主軸に考えた時、この
方が遥かに時間的にも合理性も現時点では整合
されているように感じる。。。



そしてなにより高度な高齢化社会が眼前に広が
っているわが国では、いずれにしても今後介護
ということを考えた場合、これらの自立支援型
の文明が必ず必要項目に上がるはずだ。



高齢化社会で老人が、以前の中国のように街中
車椅子で溢れ返るのも問題であるし、ほってお
くと、車椅子の渋滞なども起きないとも限らな
い。



なにより、介護する側も高齢化するわけで、助
ける力が絶対量として減少するのであるから、
それを具体的に補う何かが必要になるはずだ。




そして、社会の建造物全てがバリアフリー化す
るなどは現状では到底不可能であり、それらの
状況を総合すると“やっぱりパワードスーツ”
となるんじゃないかなぁ?



街じゅうにロボットを着た老人が出現するので
ある。


そして生身の若者では到底敵わない力を発揮す
るわけだ。車が道をふさいで停車などしている
と、パワードスーツを着た老人が、軽々と車を
持ち上げたりし、皆がパワードスーツを着た老
人を頼りにする!!!



工事現場の労働力の主役は若者でも外人でもなく
“年金をもらいパワードスーツを着た”老人にな
り、今まで3Kと呼ばれていた労働集約部分がパ
ワードスーツを着た老人の持ち場になり、仕事を
若者や外人からドンドン奪うのである。



しかし、むやみに市販すると具合が悪いので、あ
る一定以上の肉体的劣勢を持った人だけに限定支
給されたりし、案外、今まで社会的弱者であった
方々が、世の中の花形になったりする。。



「あぁ!おれも早くパワードスーツ老人になり
てぇ!」



みたいな憧れまで生まれたりして…



傍若無人な若者がパワードスーツを着た老人を恐
れたりする社会が出現し、パワードスーツを着た
老人の中に、不良と化す輩が現れ公序を乱しだす。



それを取り締まる警察に、より強固なパワードス
ーツが支給されたりし、突如パワードスーツを着
たもの同士の市街戦が勃発するのである。



そしてパワードスーツの密売なども横行し、パワ
ードスーツを着たギャング団が出現したり、など
と“きりが無い”くらいのくだらない未来像が浮
かんでくる。。



しかし、いずれにしてもこれらのパワードスーツ
はやがて全人口に支給対象になるような気がする。



それは肉体的劣勢の補完ということだけが主目的
にならなくなるような状況が考えられる。



最初に書いた、異常な外気温の上昇や、解明され
ない疫病が頻発したり、結局、今のエイズにして
もなにも解明されていないから、基本は予防でし
か対処できていない。



これらの予防は感染者との接触を制限することで
しか予防はありえないのだが、そうなるとこれ以
上の病気が今後ドンドン全世界を席捲した場合、
結局、スキンシップ自体を制限せざる負えなくな
る。



そこでそういった状況下でも普通の社会生活を送
る事を考えるとパワードスーツを着て生きていく
事に帰結するんじゃないだろうか???




昔、ウッディアレンの映画だったと思うが、男女
それぞれが巨大なコンドウムのようなゴムの中に
身体を入れ、安全なSEXを送るなどというもの
があったが、実際冗談ではなく、ある種の社会が
抱えた深層を表現しているような気がした。




(※当ブログエントリーの最後に映画の一部をYOUTUBE
 にて用意していますので良ければご覧ください。)
 



そしていずれそれぐらいの状況が過度ではなく普
通に存在する暗示としても受け取れた。




SEXなども快楽を中心として考えた場合、脳から
発信される快楽だけを取り上げるという本質に集約
されるような気がする。




では、どのようにそれらを具体化するかと言うと、
パワードスーツを着た物同士が頭にケーブルを挿し、
挿したケーブルの先をお気に入りの相手の頭にある
ジャックに挿すこれをお互いに差し込み、SEXに
よる快楽はケーブルを通じて伝導させるのである。



SEXによる快楽はこれで完了である。



これならばエイズなどのような病気の病原は完全に
シャットアウトできる。



しかし、ジャック口が汚れていたり、ケーブルを
伝導する快楽パワーの交信スピードが合わなかっ
たりと多少の問題もあるかもしれない。



そして風俗産業も自動販売機のようなものになり、
其々がその前に行き好みの交信の種類を選別する・・



まぁこれは現在の”好みのタイプ”という事に
なろうか、、、


そして選び販売機のジャックに自分のケーブルを
差し込むわけである。。



実に味気ないようだが、案外それで十分SEXし
たのと同じような快楽が得られるのである。



また今と違う最大のメリットは、パワードスーツ
を身につければ、基本的に容姿は関係なくなる。



ハゲているだの肥満だのという今ある問題は基本
的に関係なくなる。



まぁあるとすればパワードスーツが何処で作られ
たかというブランド志向的な差別化ぐらいじゃな
いだろうか?




いずれにしても太古から受継いできた人間本来の
部分が無くなりつつある。。



しかし、それらもやはり人間が作り出した状況の
中での変化と対応である。。



基本的に合一化・無個性化していっている。所謂、
スタートレックに登場したボーグという高度な知
能を持ったエイリアンが使う“同化”という手法
に近いし、子供のころから見てきた“宇宙人”と
呼ばれるキャラクターには“個性”などが感じら
れるものがなかった。。






弱者と強者、愛情や情、儀、それら人間社会だけ
が有するバランスを劣勢的因子と考えるのか??



うーん???





人間はどこにいくのかなぁ??





と、蒸し暑いギャラリーの中で、、





ぼぉ~と考え込んだ。。。





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※ おまけ(天才・奇才:ウディ・アレン)



『ウディ・アレンの誰でも知りたがっているくせに
 ちょっと聞きにくいSEXのすべてについて教え
 ましょう』




▲TOP
松本君との出会い
松本くんと最初に出会ったのは


今から一年半近く前に行った釜君の
BAMIgalleryでの初個展の時であった。


初個展ということもあってかなり多くの釜君
の知り合いが来廊してくれたのであるが、


松本君もその中の一人であった。


その時、京都精華大学の同期で自画像
ばかり描き続けているということを初めて
聞いた。



正直、自画像??と大した興味も無かったし
携えてきた小品を一点拝見させてもらったが、



ハッチングで描かれた横向きの自画像は
確かに良く描けてはいたが、やはり興味を
そそるものでは無かった・・・


へぇ~という程度であった事を今も覚えている。


しかし、気になる事もあった。


一つはこれからも自画像を描き続けるのか?
そのことに画家としての展望をどう考えている
のか?

もう一つは、霞を食べていけるわけでなし、、

当然、年齢的にも大学を卒業している訳で
丁度彼が来てくれた3月は節目の時期、この
子はこれからどうゆう進路を歩むのか?


聞くと、丁度就職が決まった所で、次月から
BAMIgallery近くの老舗の饅頭屋に勤める
という事であった。。


働きながら絵を描く。


これは別段特異なケースではない、どちらかというと
当たり前の状況であり、COMBINEの作家たちの
ほとんどもそう言った環境で頑張っている。。


が、、彼の場合、自画像ぉ???



基本的に絵画という流通を考えた場合、自画像
というのは商品価値的にどうか?と単純に突き当たる。



もちろん様々なケースがあるから一概には断定できない
現代美術の中には自分をモチーフとした表現も数多く
存在し人気を博しているものもある・・・



しかし、彼と想像上の彼の作品を客観的に考えた場合、
そう言った現代美術という風景よりも、、精華の油画を
卒業した自画像画家・・・となると、一般的には東京芸
大の卒業制作の作品のような印象を持って当たり前で、
その内容が果たして、、、、、しかも無名の若者の顔を描
いたモノを一体誰が評価し買うにいたるのか?そう考える
と前途はあまり明るいものが単純に見えないような気がし
たのである・・・



再度聞くと、、、
それでも彼は自画像でしか考えてない・・という返事。



ふーん。。。興味はなかったが、この決断というのか
決意にはもの凄く興味をひいた・・・・・・・・・・・・・・。。



別れ際、私は冗談で



”饅頭屋が絵を描いているのか、、
絵描きが仕方なく饅頭屋で働いているのか?”


さぁどっちになるか楽しみや!


と彼に浴びせかけた。。



それから数ヶ月、その間、、何故かミョーに気になる存在?



釜君と会うたびに、彼どうしてる?と聞き続けていた。
特にあってどうこうという事を考えていた訳ではないが


続けているのだろうか?絵?



それから数ヶ月、、フッと何気なく、釜君に



遊びにこいって言うといてくれん?と頼んだ。。



何というのかこのときも特に要件があるわけでは
無かったのだが、、何故か気になるのである・・



そんなお願いをしたことをすっかり忘れたある時
釜くんを通じて遊びに来たいという申し出があった。




そしてこれは釜君からの依頼でもあった・・(と、、私は
解釈している。。)



大学時代からお互いの実力を認め合った者同士
同じ道を走っている釜君が、マラソンに例えると
集団から遅れを取り出した松本君を気にかけて
の提案でもあったのだ・・と私は思った。。。。。



この遅れとは何か、、、


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饅頭屋が絵を描いているのか、、
絵描きが仕方なく饅頭屋で働いているのか?

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あの一言であった。やはり働きながらしかも
朝早くから夕方まで肉体労働でくたくた・・


ペースが掴めない事もさることながら、モチベーション
の維持が困難になりかかっていたのである・・・・


当然、自画像などというものを扱う業者など
そうそういるわけではない、そうすると団体展か
個人で貸しギャラリーを借りての展覧等、、
限られたチャンスを自分で作らなくてはならない。


当然覚悟の上と言えばそうなのだが、しかし
伴走者もなく一人でペースを掴むのはかなり
難しい事は、絵を描かない私でも容易に想像
できた。。


選んだ仕事も、、選んだモチーフも全てデメリット
の方が大きいものばかり、、、、、、、


なんと鈍臭いというのか?不器用というのか?


だから最初に出会った時、どうするの?
という疑問が先立ったのである・・・




しかしいずれにしても、意地悪ながら、それ見たことか?
的に会おうと、、、思った。。



数日後、釜君と一緒に現れた彼、確か仕事の話を
幾ばくかした後、、座っていた彼の脇を見るとポート
フォリオのファイルらしきものが・・・・



ちょっと見せて、、と取り上げた。。。



ページをめくった瞬間



しまったぁ!!と思った。。。。



なんで先入観だけで、この子の絵を丹念に見なかったのか・・
反省した。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


と、同時に


なんであんな小さな自画像然としたものを前回見せて
肝心なこのポートフォリオを持ってこなかったのか!


あほぉ!と怒りとも笑いともつかない妙な感覚を
持って彼を見つめると、はにかんだように笑っていた。。



重ね重ね、、、不器用というのか、、



確かに大学に入った時分の自画像は、お世辞にも
良いとは言えない代物でとても色んな意味で芽が
あるとは思えなかったが、、卒業を起点に遡る2,
3年の作品は優れていた・・・・・



中でも話には聞いていたが、108人の自画像の展覧
画像は圧巻であった・・・・・よくまぁこんなも
のを・・・



冷静に考えれば、、10メートルもの作品を描いた
学生が、この何年かの間に何人いるか?そう考え
れば単純ではあるが、それだけもすでに人より
数倍抜きんでている!



中でも一際、私の目を引いたのは”三人の男”
という作品であった。。。。









他の作品に比べ色がポップで綺麗だった事も一因
だが、その構成に引きつけられた。。。


一つは現代風俗、特にこの時代の空気を吸っている
若者像が的確に捉えられている点、、、


そして少し稚拙かもしれないが、その若者達に、左甚五郎
的な見ざる”言わざる聞かざるの”三ざるを演じさせてい
て、そのシチュエーションが電車の中、そして窓にその三
人を冷徹に眺める人間を映し込んだ構成はよく考えられて
いた。。。


正直、構成の要素をつなぎ止める接着剤が弱いのは否め
ないが、、しかし自画像というぶっとい縦軸と様々な要素の
横軸を上手く織り込んでおり、自画像という固定観念の範疇
からは心地よく飛び越える伸びやかさが感じられた。。。。



電車というシチュエーションを良く選択できたなぁ、、
と感心した。


電車という高速で移動する利器は、時間の経過を象徴
する。しかし、この絵の場合、どこから見る人の視線を想
定しているか?と考えれば、併走している電車?と考えら
れなくもない、、、、、、


ここが面白いのだが、アインシュタインの相対性理論では
ないが、併走する電車を見れば、停まって見えるという
事がある。これは松本君の自画像というよりも我々の
本性を明示していなくもない・・・・・・・



電車は目的地が必ずある。それまで閉じこめられる空間
でもある。しかし目的地に着けばその瞬間的な集団性は
解除され、また新たな集団形成となる。


仮にこの間この空間で反社会的な行為があったとして、
それを見ざる言わざる聞かざるという事で乗り越えても、
その反社会的なものは残りまた新たな集団にその対応は
引き継がれる。


しかし誰かがそれをいつか対応してくれるだろうという
のは、皆心の奥底の風景として持っているが、これを仮
に極端にも併走する電車に自分の視線を設定した場合そ
の三人の客観的な姿はどうなのだろうか?


その前に、窓に映る人間の像は何を案じしているのか?


他人でもあるが、三人の気持ちを集約した自画像と
いう捉え方も出来なくはない。。。


これらの車内の風景を包括して



併走する電車から見ている自分という事を考えれば
この社会の中での日々の自分の自画像に重なり合う
ような感覚の瞬間にたどり着く・・・・


もっと大きな捉え方として、、


電車、車内そのものを社会の変遷という例え方でもこの絵は
整合する。。。


時代の流れの中で、見ざる言わざる聞かざる・・・・・


それら全てを力強く表現?とまでは行かないが、その芽は
完璧に感じ取れる絵であったし、、、、



この絵を見たとき



ひょっとして・・・この子は、、、と私は感じたのと同時に


頑なで、鈍臭く、人に遅れを取りがち・・・


決してスマートじゃなく泥臭い・・・


なんとなく、これまで仕事をしてきた自分の姿が重なるような
気もし、、、、、、



その日から



彼との付き合いが始まったのでした。。。。

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釜匠出撃!(前田寛治大賞展)
昨日は釜くんのアトリエ(自宅)に行き




今年の前田寛治大賞展に出品する100号の
作品を車に積み込み、彼と一緒に当ギャ
ラリーまで戻り額装セット、荷作り梱包
をいたしました。




7月5or6日に必着のため



事前に彼と連絡を取り、出荷の打合せ
をしたのですが、ギリギリまで描きたい、、



いや、描かなくてはならないだろう、、と



言うことで土日を挟むこのタイミングで
考えると7月1日引き取り、7月2日出荷が
ベストということで昨日予定通り引き取り
荷造り梱包いたしました。




彼のアトリエに伺うと、、すでに軽く包んで
あったため作品の全貌はわからなかったので
すが、、、



開口一番、、実はさっきまで描いていました!



との事であった。



ギャラリーでの額装作業、、



先ほど見た軽く包んであった薄紙を取り外し
出てきた作品に・・・・・














私もアシスタントの石本も息を呑みました。。。



108人の松本くんも????(笑。。)





美しい・・とにかく美しい作品です。




何度も彼の絵は見てきたし、取り扱い販売も
してきたが、、毎回驚かされる事は想定内の
話なのだが、、、今回のは想定外であった・・







もの凄い勢いで成長しているのが手に取る
ように分かり、実に嬉しかった!!



今年の前田寛治大賞展は我々のホームページ内
釜くんのスケジュールにも記載しておりますが



改めて概要を連絡させていただくと、、




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第8回 前田寛治大賞展


倉吉市と倉吉博物館が主催する絵画の全国規模
の指名公募展。
大正時代末から昭和初頭にかけて活躍した倉吉
市の家前田寛治の画業顕彰と彼が日本の洋画壇
にたらし生涯追究し続けた新しい写実主義の可
能性をテーマとする、推薦委員による指名応募
制公募展である。 第1回は1988年、第2回は
1992年で、3年毎(トリエンナーレ形式)に開
催されている。


◎出品作家と推薦委員


作家名       推薦委員名

青山ひろゆき    山田修市
秋山泉       諏訪敦
安彦文平      芳川誠
石黒賢一郎     シード作家
磯貝知哉      加藤英人
今林明子      滝純一
大森啓       田原由紀雄
奥谷太一      絹谷幸二
樫木知子      太田垣實
釜匠        生駒泰充
城戸悠巳子     吉武研司
高木彩       小林裕児
高橋和正      福島唯史
高松和樹      金子美樹
茅原佳介      島村信行
茶谷雄司      西房浩二
津田やよい     大畑稔浩
中島健太      一井健二
長谷川宏美     前田昌彦
波田浩司      吉田豪介
馬場洋       吉岡正人
濱田尚吾      山本文彦
仏山輝美      シード作家
前田大       久保田裕
松村浩之      油井一八
松本潮里      山本明比古
宮本佳美      鶴田憲次
向川貴晃      大矢英雄
森京子       今井信吾
森井宏青      辻司
安本香織      松原政祐
山本大貴      遠藤彰子
山本雄三      高橋雅史
渡辺香奈      山本冬彦
渡抜亮       小尾修


◎会期&場所

・高島屋東京店(日本橋)
2010年8月18日~8月24日
・倉吉博物館
2010年9月4日~10月3日





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皆様、、ぜひ釜匠の会心の一作をご覧下さい!!

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